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Karte.9 民俗学の可不可―奇習
民俗学の可不可―奇習 10
しおりを挟む「ごめんなさい」
少女が、仁を見て、素直に謝る。
こうなると、仁も知らん顔をする訳にはいかない。――いや、いつもは大抵、このくらいの歳の子などとは口も利かず、友好的にも接したりしないのだが、彼女は、街中でよく見かける『自分を飾ることに一生懸命』な少女たちや、『責任を取れない若者たち』と違って、バスの中で春名にすぐに謝りに来たように、やるべきことを心得ている気持ちのいい子だったから……。
「ぼくの方こそ……」
ごもごも……と、少し不器用に頭を下げる。
春名相手なら、どんな言葉にも言い返して来るクセに、こういう時は愛らしいのだ。
こっそりと出て行って、年頃の二人だけにしてあげたいところだが、この雷雨ではそうもいかない。
「で――」
「あの――」
春名が口を開こうとすると、ちょうど少女と第一声が重なってしまった。
「先にどうぞ」
と、少女に譲る。
少女がわざわざ春名や仁に会いに来た理由は気になったが、雨がやまないと動けないのだから、別に急ぐこともない。
仁は仁で、居心地悪そうにしているし……。
「あの、民俗学の先生なんですか?」
春名を見上げて、少女が訊いた。
「え?」
春名としては、ちょっと――かなり、びっくりしてしまったが、
「さっき、先生って呼ばれて……」
――ああ、なるほど。
春名が沼尾と間違われた訳ではなく、さっき、仁が春名を『先生』と呼んだために、春名のことも、沼尾と同じ民族学者だと思ったのかも知れない。――ということは、彼女は沼尾匡を知っているのだ。
「僕はただの医者だよ。春名だ。――こっちは、秘書の仁くん」
春名は言った。
仁は何も言わなかったが、
「能年サラサです」
と、少女が名乗るのを聞いて、少しくすぐったそうに、その名前を反芻しているのが判った。
誰かに興味が持てるのはいいことなのだろう。いつも、病人くらいしか目にしないのだから。
「お医者さまが、どうしてここに?」
やっと本題に入れそうだった。
「君が知ってる民俗学者が、僕の知り合いの知り合いで、伝言を頼まれてるんだ」
「それ、冗談じゃなかったんですか?」
どうやら、バスの中でのやり取りは、本気にされていなかったらしい。
「大真面目だよ。携帯が通じないとは思ってなかったからね」
取り敢えず、春名はそう応えた。
「ああ、だから知らずに来ちゃったんですね」
サラサが言った。
「え?」
「沼尾さんのところの匡さんなら、もう東京に戻ったって聞きました。東京のこととか聞いてみたかったのに、結局、顔も見てないし」
「……」
ということは、春名と仁は、雨に濡れに来ただけの骨折り損……。
「先生……」
「うん、帰るしかないかな」
二人で顔を見合わせていると、
「私も一緒に連れて行って!」
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