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Karte.9 民俗学の可不可―奇習
民俗学の可不可―奇習 7
しおりを挟む《 美里町千々成 》
メモにはその住所が書かれていた。
少女らしい、丸くて愛らしい文字である。
もちろん、肝心なのはそんなことではない。
「先生、これって……」
「ああ、《於地村父無》の今の名前だな」
春名は、仁の言葉にうなずいた。
字は違うが、《千々成》は《父無》の新名なのだ。それはネットで調べて来たから、解っている。
問題は、何故あの少女がそれを口にせず、こうしてメモで渡したのか、ということで……。
「次で降りよう」
さっき止まった停留所が、その《千々成》だったのである。
だが、次で、と言った意味もなく、次が終点の車庫前だった。
この先にもう村はないらしく、山と田畑が大半を占め、道路も他所へは繋がっていない。もちろん、利用者もいなかった。そして、車庫前で降りたのは、春名と仁の二人だけだった。
「――結構、距離がありましたよね?」
さっきの《千々成》の停留所で止まってからの道程を振り返って、仁が言った。
「戻るバスも二時間後か」
一緒に下りては、あの少女に迷惑がかかるかも知れない、と思って、一つ先で降りることにしたのだが……。
「仕方がない。歩くか」
最終のバスに間に合いさえすればいいのだから。
そんな訳で春名と仁は、今来た道を徒歩で戻ることにしたのだった。
のどかな田園風景と、晴れ渡る秋の空。
田畑の実りは豊かで、人々の暮らしものんびりしている。
バスが通って来た道は舗装されていて、一応、市道らしいのだが、都市レベルではほとんど農道と変わりのない道で、歩くたびに左右の草むらから、バッタが跳ねる。
「痛っ! 今、何かに咬まれましたよ」
「稲の虫だろ。米粒くらいの大きさで、緑色の――。あれは痛いんだ」
「……早く帰りたい」
意外にも、田舎に弱いのは仁の方だったり……。
考えてみれば、あの大都会シカゴでずっと暮らしていたのだから、こんな田舎は初めてかも知れない。――いや、春名だって、ここまで辺鄙な田舎に来るのは初めてなのだが。
四方八方を山に囲まれ、道はその山を掻い潜るように隣の町に繋がっていて、もし、豪雨で土砂崩れなどが起こって一本道が塞がれてしまったりしたら、この村は世間から切り離されてしまうことになる。
「仁くん」
「はい」
「今、厭なことを考えたりしなかっただろうな?」
空を見上げて、春名は言った。
さっきまで気持ちが良いほどに晴れ渡っていた秋の空が、瞬く間に黒い雲に覆われて、夕暮れのような濃度になっている。
「ぼくのせいにしないでください。ただの夕立です。降り出す前に、屋根があるところに行きましょう」
さっきの車庫に戻るよりも、農具を置いた小屋らしき建物の方に進むことにして、二人は足早に道の先へと歩を進めた。
雨が降り出したのは、小屋の軒先に入りこんだまさにその時で、夏の夕立さながらに、激しく叩きつけるような雨粒が、地面をえぐる。
すぐに雷まで鳴り出して……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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