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Karte.9 民俗学の可不可―奇習
民俗学の可不可―奇習 6
しおりを挟む少女が隣の席に腰を下ろすと、
「謝らせて悪かったね」
春名は言った。
隣では、仁が、うんうん、とうなずいている。
横目で見えることを知っていてやっているのだから――いや、今回は春名が悪いのだから、何も言わないことにしよう。
ちなみに、仁は窓側の席、春名は通路側に座っている。
バスの中は人もまばらで、恐らく皆、顔見知りに違いない。
「いいえ、本当にすみませんでした。――でも、こんな処に旅行なんですか?」
物珍しいものでも見るように、少女はまじまじと春名と仁の姿を見つめた。
動物園のパンダだって、ここまで興味深く眺められたことはないだろう。
「旅行というか、知り合いの知り合いに伝言をしに行くというか……」
春名の返答に、少女は、ぷっ、とおかしそうに吹き出し、
「この町にも電話線くらい通ってますよ」
もちろん、それはそうだろう。
「いや、冗談じゃなく、携帯が通じなくて、連絡が取れないらしくて――。あとは住所しか判らないから」
春名は、矛盾一杯に聞こえる自分の言葉を修正した。
そして、ふと思ったのだ。
――沼尾の携帯は、なぜ通じなくなっていたのだろうか。
「携帯が通じないのなら、奥美里の方ですか?」
「え……?」
――携帯の通じない村が、今の日本に存在していたのか!
「……奥美里って?」
「あ、住所はここと同じ美里町なんですけど、昔は別の村だったところなので、皆、区別して奥美里って言うんです」
「……」
――そこは、ここよりも田舎なのだろうか……いや、間違いなく田舎なのだろう。
春名がその事実に愕然としていると、
「先生、彼女に訊いたら解るんじゃないですか?」
仁がそっと耳打ちをした。
座っている場所からして、バスのディーゼルエンジンの音がうるさすぎて、仁と少女が話すには大きな声が必要で、ここは春名に頼むしかない。
「そうだな」
春名は少し通路に身を乗り出し、笙子宛ての手紙に書かれていた住所を、少女に訊いた。
「於地村父無……? うーん、以前はこんな名前だったのかなぁ? ――すみません、よく解らないです」
少女は申し訳なさそうに首を振った。
廃村になったのは十年前だというのだから、まだ中学生らしき彼女は三、四歳で、覚えていないのも当然だろう。
聞けば、中学は美里町に一つしかなく、バスで通わなければならない距離で、高校は電車に乗って他所の地域に行くしかないという。
今日は中学校のある区で祭りがあるとかで、半日授業らしい。
――やはり、都会とは勝手が違う!
その後も他愛のない田舎での不便な暮らしと、都会への憧れの話を聞いて、話は自然に立ち消えになった。
村の話を続けなかったのは、何故だか彼女がその話を避けているように感じたせいでもあるし、バスの他の乗客、運転手からも、じっと聞き耳を立てられているような気がしたからで……。
窓側から、トントンと小さく春名の二の腕を叩く仁の合図もあって、春名はその話題を切り上げたのだ。
恐らく、保守的な村の中では、他所者にあれこれ踏みこまれるのは気味が悪くて厭なのだろう。
そして、少女が降りる停留所に着いた時、立ち上がった少女の手から、そっと小さなメモが渡された。
「……」
もちろん、問い返すような真似はしなかった。
再びバスが動き出すのを待って、春名と仁はそのメモを開いたのだった……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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