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Karte.9 民俗学の可不可―奇習

民俗学の可不可―奇習 5

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「だから、話を聞くのは嫌だったんだよ……」
 笙子の話をほぼ無視して、興味のない顔で夕飯を食べていた理由を口に出し、春名は、そよそよと気持ちいい風の吹き抜ける駅舎に降り立った。
 ここは、昨日、笙子が訪れて、何の収穫もなく戻ることになってしまった、美里駅のホームである。
 改札を抜けると、本当に地元の人しか乗り降りしないであろう、と思える閑散とした駅前通り。
 右手にあるのが、老婆のいるたばこ屋で、向かいの食堂が、笙子が二番目に住所を訊ねた○○食堂。ここも、のれんが掛かっているだけで、他所から来た客を誘致しよう、という心意気は微塵もない。
 いや、こんなところに、観光で来る客もいないだろうが……。
「さあ、さっさと用を済ませて、帰りは途中下車して温泉にでも寄って帰ろう」
 列車での疲れを癒すように体を伸ばして、春名は言った。
 今の時期なら、予約がなくても空いている宿があるに違いない。
「それもいいですね。――ええと、バスは……」
 目の前に立っているバス停の時刻表と、あらかじめ調べて来た手元の時刻表を見比べながら、
「鉄道に合わせて、すぐにありますよ」
 仁は言った。
 停留所の時刻表は古いが、時間に変化はないらしい。
 今日は平日で、列車から降りて来た人たちも、春名や仁の他にもいて――といっても、たった二人。通勤、通学時間でなければ、ほとんどいないに等しい。
 どちらもバスには乗らないようで、停留所を素通りし、自転車置き場と駅前通りに消えて行った。
「……。よく潰れないな、このバス会社は」
 都会は、電車もバスもぎゅうぎゅう詰めだというのに。
 だが結局、鉄道の時間に合わせてあるはずのバスが来たのは、十分を過ぎた頃だった。
「バスまでのんびりしてるのか、田舎は」
「先生! いいじゃないですか、十分くらい。ちょっと道が混んでたら、これくらい遅れますよ」
 何しろ、都会のように五分間隔で次々にバスが走っている訳ではないのだから。
「どこに混むような道があるんだ?」
 せっかくの休暇を潰された春名の不満は、まだ解消されない。
 二人でそんな不毛な会話をしていると、
「あの……」
 と、ガラガラのバスの一席に座っていた少女が側に来て、
「すみません。バスが遅れたのは私のせいなんです。学校に忘れ物をしたのを取りに戻る間、待っていてもらって……」
 と、申し訳なさそうに眉を落とした。
「え? あ――」
「いつも知った人しか乗ってないから、この辺りではそんなことも当たり前で……。すみませんでした」
 と、頭を下げる。
 これには、さすがの春名も不満を引っ込めるどころか、自分の懐の狭さを恥じるしかなく、
「い、いや、そんなつもりじゃ――。ここへは無理やり連れて来られたようなものだから、不満の一つも零したくなっただけで……」
 バツが悪いこと、この上ない。
 第一、これが東京のど真ん中だとしたら、自分のせいでバスが遅れても、知らん顔をして乗っている人間がほとんどだろう。
 彼女のように、わざわざ席を立って謝りに来るなど、この田舎の空気の美しさに育まれて過ごしたからこそ形成された人格であるとしか――いやいや、ここへ来てまで、職業病を持ちだしてはいけない。
 今は、自分の失態を恥じること。
 そして、彼女の心の美しさを素直に感じること。
「とにかく座って――。バスが揺れると危ない」
 春名は、通路を挟んで隣の席に促した。
 もちろん、バスの運転手にしても、彼女が席を立ったことには気づいていて、さっきからスピードを落としているのだが。
 都会ではマイクで注意されるだけだが、ここでは、そんな気遣いが当たり前に行われているのだ。
 そして、誰もそのことに文句を言わない。
 皆が皆のことを知っているからこそ、そういう思いやりも出て来るのだろう。


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