可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.9 民俗学の可不可―奇習

民俗学の可不可―奇習 2

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 ここは確かに封筒に書かれた住所の、S県O郡で、於地村の最寄り駅であるという美里駅……のはずで――それは、東京駅で聞いたのだから、間違いない。
 ネットで調べてみても、O郡にある美里駅はここだけで――。
 笙子はもう一度その画面を確認してみたが、結果は同じ。美里町にあるのは、この一駅だけである。地下鉄も私鉄も通っていないし、この古びた単線だけが唯一の鉄道で……。
 すっかり途方に暮れてしまった。
 そもそも、笙子がこんな見も知らぬ田舎町に出向いて来たのは、大学時代の恋人、沼尾匡から手紙が来たからで、その手紙の内容は、彼の身の危険を告げるものだったのだ。
 いや、本当にそんな危険があるのかどうかは判らないが、彼らしくない支離滅裂な文章で、
《 知らなかったんだ。皆、狂っている。助けてくれ 》
 そんなことが書いてあった。
 沼尾とはずっと連絡を取り合っていた訳ではないが、二週間前に街中で偶然再会して、色々な話をしたところだった。逆に言えば、それまでは何の音沙汰もなく、彼のことなど全く忘れて過ごしていたのだ。
 その時に聞いた話では、沼尾は医大を出て十数年は勤務医として勤めていたらしいが、もともと学生時代から民俗学に興味があったこともあって、医師の仕事の合間に小説を書き始めたことが切っ掛けだったらしい。どんどん民俗学の方に傾倒していき、小説を書くために地方へ旅行に行き、さまざまな資料や文献を捲るうちに、すっかり若かりし頃の情熱を甦らせてしまったのだ。
 そして、数年前に医師をやめ、今は民俗学一筋になってしまった、と言っていた。
 大学時代に恋人同士だったとはいえ、笙子は沼尾の今現在のことを詳しく知っている訳ではない。それでいて、沼尾が笙子に手紙を寄越して来たのは、笙子に来て欲しかった何かがあるから――に違いない。
 そう思ってここまで来てみたのだが……。
 笙子は精神科医である。
 もっとも今は、そんな堅苦しい肩書きは名乗らず――上流階級の奥様方の間でも、その肩書きは評判が悪いのだ――今はセラピストとして、自分のクリニックを開いている。
 ご主人の地位が高いが故に、色々と他人には話せない悩みを抱える奥様方のセラピーを主にしているのだが、当初からそうだった訳ではなく、紹介に紹介が重なって、今ではそれが専門のようになっている。
 もちろん、沼尾はそんなことは知らないだろうが。
 だが、だからこそ、精神科医である笙子を頼って手紙を寄越したのかも知れない。手紙には、
《 皆、狂っている。助けてくれ 》
 という文言があったのだから――。
 それが、精神科医への助けを求める声だったとしても、おかしくはない。
 ――狂っている。
 それは、誰のことだろうか。
 ――皆。
 家族全員?
 いや、住所が記されているからと言って、そこが沼尾の実家だとは限らない。また、各地の伝承を調べるために訪れた、旅先だったのかも知れないのだから。
 それで、住所を間違えてしまったのだろうか。
 急いでいたために聞き間違えたか、書き間違えたか……。
 取り敢えず、こうして考え込んでいても、事態は一向に好転しそうになかった。
 帰りの電車を確かめるために、もう一度駅舎に入って時刻表を確認すると、
「あと三時間もある……」
 笙子は、ここがどれほどの田舎なのか、思い知らされることになったのである。
 平日ならば、通学、通勤時間帯に、もっと本数があるのだが、笙子がこうして来ている通り、今日は休日――。列車の本数は、想像以上に少なかった。
「どこかでコーヒーでも飲んで……」
 と、駅前通りを見渡すが、○○食堂、というのれんのかかる大衆食堂が一軒あるだけで、あとは××商店と書かれた食料雑貨の店……駅前だというのに、何もない。――いや、何でもあり過ぎる駅前に慣れているだけなのだろうか。
「仕方がない」
 ――少し早いが、定食でも食べてお昼にしよう。
 それに、○○食堂の誰かから、この住所のことを何か聞けるかも知れない。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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