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Karte.8 青い鳥の可不可―迷走
青い鳥の可不可―迷走 18
しおりを挟む「すみません、声が聞こえたような気がしたので……」
起きて正面を見つめる春名に、仁は言った。
何かを見つめているようで、何も視ていない春名の視線が不安だった。
「……どうかしたんですか、ドクター・春名?」
春名の視線を追って見ても、そこには何も存在しない。ドアを入ってすぐ脇には、部屋の照明のスイッチと、エアコンを操作するリモコンだけがかけてある。
だが、春名はその一点を見つめ、それだけに心を奪われている。
「そうか……。仁くんには視えないのか……」
手の中に顔をうずめるようにして、項垂れる。
――仁には。
なら、春名には何が視えている、というのだろうか。
本来、視えないはずのものが視えてしまうのは、仁の1=1+αの能力だったというのに。
「――。ドクター・春名にも視えているんですか?」
仁は訊いた。
もちろん――。
春名にも――とは言ったが、今回、仁には、春名が見ているものは視えていない。
「視えるのか、仁くんにも……? 君の眼にも、その二人が……? 俺だけが視ている幻覚じゃないのか……?」
茫然と、そして、少し安堵も交える響きで、春名は言った。
それは、自分だけが視ている幻覚ではない、ということに対する安堵、だったのかも知れない。
「今、ぼんやりと……」
そう言って、仁は春名の隣に足をすすめた。
同じように腰をおろしてドアの脇を見据えて見ても、やはり仁には何も視えない。実際に何かがそこにいるわけではなく、春名だけが視ている幻覚なのだから。
そして、恐らく――。
春名にはその幻覚の発する声――幻聴も聞こえている。
春名はさっき、その幻覚たちと、一人で話をしていたのだ。
「彼らは誰なんですか、ドクター・春名?」
視えてはいないその幻覚の主を、仁は訊いた。
もちろん、何となく察してはいたのだが……。
「ウォーレンと、彼の母親だ……」
春名は言った。
――やっぱり。
やはり、あの日に何かあったのだ。
「彼らは何と?」
仁には幻聴が聞こえないのだから、訊くしかない。
「わからない……」
「え?」
「訊いても何も言ってくれないんだ……。ただ、じっと俺を見つめるだけで……」
そう応える春名の面は、今日一日で随分窶れていた。
こんな春名を見るのは初めてで、息苦しくなるほどに胸が詰まった。
いつも自信家で、挫折など知らず、高いプライドを崩すことなく、また、努力を惜しむこともしなかったというのに。
今はまるで、解らないことに怯えるばかりの臆病な犬のようだった。
――いつもと違う春名を目にすることが、こんなに辛いことだったなど……。
「ぼくが彼らに訊いてみてもいいですか?」
春名が見つめる方向を見据えて、仁は訊いた。
「……君が?」
「ぼくなら、小さい頃から視て来たので、何か応えてくれるかも知れません」
「ならいいが……。彼らは俺に何かを言っているんだ。ただ、それが俺には解らなくて……。うまく聞き取ることが出来なくて……」
「ぼくには解りますから」
無論、視えていない上に、春名に聞こえている幻聴が聞こえるわけでもないのだから、解るはずもないのだが――。
それでも仁にはたった一つ、不思議なほどにはっきりと解るものがあった。
それは――。
――先生の心なら、ぼくには……。
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