上 下
167 / 350
Karte.8 青い鳥の可不可―迷走

青い鳥の可不可―迷走 17

しおりを挟む


「えーと、彼は……」
「うん……。この間話した、ジョージ・スペンサー」
 結局、あれから仁は、ジョージの愚痴に散々付き合わされることになり、夜間の寝不足も解消できず、春名が迎えに来るこの時間に、彼を紹介することになってしまったのである。
「初めまして、ミスター・レン。――アジア人は若く見えると思ってましたけど、とてもカイルのお父さんには見えない!」
 心底驚くように、ジョージが言った。
 普段、春名意外とはあまり話をしないせいで、つい忘れそうになってしまうが、仁のファーストネームは《カイル》であり、日本人を呼ぶように姓で『仁くん』と呼ぶのは春名一人だけである。
 母親がいなくなってから、《仁暁春レンシアオチュン》の中国名で呼ばれることもない。
 それに、春名が父親に見えないのは当たり前である。
 春名はまだ二十代の若者で、仁の父親という年ではないのだから。
 だが、これも慣れた日常で、旅先でかけられた言葉なら訂正することもなかっただろうが、同じシカゴ大の先輩後輩の立場、しかも仁の《友人》のように振舞われては、正しておかない訳にも行かない。
「いや――」
「ドクター・春名は父親じゃなくて、ぼくの保護者代わりだよ」
 春名が訂正する前に、仁は言った。
 そして――、
「じゃあ、帰るから」
 やっと逃れられる安堵に、胸を撫で下ろして足を踏み出す。
 何しろ、仁に頼りにされることを望んで、仁の心配をしてくれていた時は、別人のような大人の態度であったというのに、こと自分の仕事の愚痴になると、まるで子供の言い分になるのだから。
 そう――。もしかすると、大人とは、他の誰かのことを考えてあげられる《時》のことで、子供とはその反対、自分のことしか考えられない《時》のことなのかも知れない。
 誰もが自分の心の中に、大人の時間と、子供の時間を持っているのだ。
 そんな気がした。
 その日の夜も、春名は――いや、その日の夜の春名は、少し違った。
 何やらぼんやりと一点を見つめていたかと思うと、
「今日はもう寝るか」
 と、早々にリビングから腰を上げ、自分の寝室へと引き上げたのだ。
 もちろん、疲れている日はそういうことだってあるし、もっと酷い日などは、リビングでそのまま寝てしまうことだってある。
 ――今日も何かあったのだろうか。
 そう思ったが、訊いても春名は、
「いや」
 と、笑って応えるだけだろう。
「おやすみなさい」
 仁はその言葉だけで見送った。
 春名が早く休んでくれるのは、身体面から見ると安心だが、精神面を思うと心配になる。
 春名が今から寝るとすると、仁も二時間後に目覚ましをセットして少し休んでおいた方がいいかも知れない。今日は、昼間もあまり眠れなかったし――。
 明日の支度をテキパキと済ませ、仁は自分の寝室へと足を向けた。
 すると――。
「……」
 春名の寝室から、話し声のようなものが聞こえて来た。
 ――寝言?
 そう思ったが、春名が部屋に入ったのは、ついさっきである。すぐに眠りについたとしても、夢に魘されるのは早過ぎる。
 もちろん、そういうこともないとは言えないが……。
「――ドクター・春名?」
 声をかけると、話し声はピタリと止んだ。
「入りますよ、ドクター・春名」
 もう一度中に声をかけ、仁は春名の寝室のドアを開いた。
 そこには春名一人だけで、話し相手はもちろん、いない。正面のベッドに腰掛ける春名と、ぴったりと閉じられた窓のカーテン。いつも通りの部屋である。
 そして、春名はベッドに腰を下ろし、寝た様子もなく、起きていた。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...