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Karte.8 青い鳥の可不可―迷走
青い鳥の可不可―迷走 17
しおりを挟む「えーと、彼は……」
「うん……。この間話した、ジョージ・スペンサー」
結局、あれから仁は、ジョージの愚痴に散々付き合わされることになり、夜間の寝不足も解消できず、春名が迎えに来るこの時間に、彼を紹介することになってしまったのである。
「初めまして、ミスター・レン。――アジア人は若く見えると思ってましたけど、とてもカイルのお父さんには見えない!」
心底驚くように、ジョージが言った。
普段、春名意外とはあまり話をしないせいで、つい忘れそうになってしまうが、仁のファーストネームは《カイル》であり、日本人を呼ぶように姓で『仁くん』と呼ぶのは春名一人だけである。
母親がいなくなってから、《仁暁春》の中国名で呼ばれることもない。
それに、春名が父親に見えないのは当たり前である。
春名はまだ二十代の若者で、仁の父親という年ではないのだから。
だが、これも慣れた日常で、旅先でかけられた言葉なら訂正することもなかっただろうが、同じシカゴ大の先輩後輩の立場、しかも仁の《友人》のように振舞われては、正しておかない訳にも行かない。
「いや――」
「ドクター・春名は父親じゃなくて、ぼくの保護者代わりだよ」
春名が訂正する前に、仁は言った。
そして――、
「じゃあ、帰るから」
やっと逃れられる安堵に、胸を撫で下ろして足を踏み出す。
何しろ、仁に頼りにされることを望んで、仁の心配をしてくれていた時は、別人のような大人の態度であったというのに、こと自分の仕事の愚痴になると、まるで子供の言い分になるのだから。
そう――。もしかすると、大人とは、他の誰かのことを考えてあげられる《時》のことで、子供とはその反対、自分のことしか考えられない《時》のことなのかも知れない。
誰もが自分の心の中に、大人の時間と、子供の時間を持っているのだ。
そんな気がした。
その日の夜も、春名は――いや、その日の夜の春名は、少し違った。
何やらぼんやりと一点を見つめていたかと思うと、
「今日はもう寝るか」
と、早々にリビングから腰を上げ、自分の寝室へと引き上げたのだ。
もちろん、疲れている日はそういうことだってあるし、もっと酷い日などは、リビングでそのまま寝てしまうことだってある。
――今日も何かあったのだろうか。
そう思ったが、訊いても春名は、
「いや」
と、笑って応えるだけだろう。
「おやすみなさい」
仁はその言葉だけで見送った。
春名が早く休んでくれるのは、身体面から見ると安心だが、精神面を思うと心配になる。
春名が今から寝るとすると、仁も二時間後に目覚ましをセットして少し休んでおいた方がいいかも知れない。今日は、昼間もあまり眠れなかったし――。
明日の支度をテキパキと済ませ、仁は自分の寝室へと足を向けた。
すると――。
「……」
春名の寝室から、話し声のようなものが聞こえて来た。
――寝言?
そう思ったが、春名が部屋に入ったのは、ついさっきである。すぐに眠りについたとしても、夢に魘されるのは早過ぎる。
もちろん、そういうこともないとは言えないが……。
「――ドクター・春名?」
声をかけると、話し声はピタリと止んだ。
「入りますよ、ドクター・春名」
もう一度中に声をかけ、仁は春名の寝室のドアを開いた。
そこには春名一人だけで、話し相手はもちろん、いない。正面のベッドに腰掛ける春名と、ぴったりと閉じられた窓のカーテン。いつも通りの部屋である。
そして、春名はベッドに腰を下ろし、寝た様子もなく、起きていた。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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