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Karte.8 青い鳥の可不可―迷走
青い鳥の可不可―迷走 12
しおりを挟むその日の仁は、昨夜の徹夜のせいもあって、襲い来る睡魔と闘うはめになっていた。
だが、日中無理をして起きていても、夜中に眠ってしまっては元も子もないので、この際、大学の講義はサボることにして、シカゴ大学のレーゲンスタイン図書館で、仁は仮眠を取っていた。
何しろ、講義中に居眠りすると、仁は他の学生よりも目立ってしまうのだから。――小柄なのに。
多分、あの『青い鳥症候群』のジョージ・スペンサーも、同じストレスを抱えていたのではないだろうか。天才と持て囃されながら、何か落ち度があると、良いこと以上に大きく取り上げられ、気の休まる暇もないような――。
それとも、彼には周囲の注目を集める時間こそが、恍惚たる時間だったのだろうか。
そんなことを考えながら、いつの間にかうとうとと眠ってしまっていたのだろう。
静かな図書館とはいえ、椅子に腰かけたまま、机に突っ伏して眠れるのは、余程の読書嫌いか、疲れている人間に違いない。
仁も昨夜のことでは、睡眠不足というだけではなく、衝撃と不安で疲れていたのだ。
数分うとうととしただけだと思っていたのだが、
「最近のシカゴ大は、勉強しなくても卒業できるんだな?」
そんな言葉と共に、誰かが傍らの椅子に腰をおろして――。
「よっ」
と、目を開けた仁を覗き込んだ。
こうしてここで再会するのは、寝る前に何となく彼のことを考えていたせいかも知れない。
それとも、彼に会いそうな予感がしたから、寝る前に考えてしまったのだろうか。
――ジョージ・スペンサー。
「そっちこそ、ここで働いてるんですか?」
厭味には厭味を、という訳ではないが、誰だって眠い時に皮肉を言われれば、そう言って厭味を返したくもなる。
「まさか! ドクター・ヘンリソンに文句を言いに来たんだ。あんなチンケな病院を僕に紹介するなんて、どうかしてる!」
頬を少し紅潮させ、馬鹿にされた憤りを語るように、ジョージ・スペンサーは言った。
もしかして、大学病院と、他の病院の機能を比べているのだろうか。
それとも、また上下関係や、仕事内容のことで……。
「なら、ずっと大学病院にいればよかったのに」
別に話をしたい訳ではなかったが、彼の甘えた考えに、何か言わずにはいられなかった。
「あの指導医のせいだ。いつまで経っても学生扱いで見下して――」
どこの会社に勤めても、新人は雑務や営業から始まるし、技術を持っていたとしても、最初から希望の部署に配属してもらえるわけではない。
最初の二、三年が我慢できないで、社会を学ぶことも出来ないのなら、彼はこの先どこを紹介してもらっても同じ結果になるだろう。
「……。青い鳥は、きっと、そうして探している内は見つからないよ」
「はぁっ?」
「別に――。チンケな病院なら、あなたも早く出世が出来るだろうし、満足できるだろう、っていうドクター・ヘンリソンの計らいだったんじゃないか」
寝不足の機嫌の悪さもあって、甘えたことばかりを言うジョージに、仁はさらに皮肉をつけ足した。
「――チビのクセに喧嘩を売ってるのか?」
「チビしか相手に出来ないから、ぼくのところに来るのかと思ってた」
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仁も、幼いころと違って、こうして相手に苛立ちを覚えながら接するのは久しぶりだった。
「こいつ――っ! 子供なら何を言っても許してもらえると思ってるなら、大間違いだぞ」
「ぼくの知ってる大人は、みんな下積みから始めてる」
春名だって、研修医の頃はもちろん、今だって若手として何かとこき使われている。
仁が、「いつもドクター・春名ばっかり……」と文句を言うと、笑って仁の頭に片手を乗せる。
それが、大人ではないのだろうか。
大人は《青い鳥》を探したりはしない。
子供のように《青い鳥》を探さなくても、自分の手で何とか出来るのが大人なのだから。また、そうしなくてはならない責任というものを背負っているのだから。
その責任を放り出して、すぐに仕事を辞めてしまうジョージのような人間は、大人になりきれていないに違いない。
「よくも僕を馬鹿にしたな――っ!」
真っ赤な顔をしたジョージのこぶしが、勢いに任せて振り上げられた。
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