可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

文字の大きさ
上 下
152 / 350
Karte.8 青い鳥の可不可―迷走

青い鳥の可不可―迷走 2

しおりを挟む


 冬は体感温度マイナス四〇度にもなるシカゴだが、夏はミシガンレイクも青く澄んで美しい。
 さらにグランドパークの緑の景色は、冬という季節があることさえ忘れさせる。
 春名と仁が出会ったのは、数年前――。
 まだ仁は自分の殻に閉じ籠っていて、誰にも心を開くことなく、口さえ開かず過ごしていた。
 その頃は顕著に現れていた仁の能力も、春名と出会い、情緒が安定して来ると共に、徐々に砂をならすように薄れて行った。
 血のついた車も、返り血を浴びた人々の姿も、以前ほど視えなくなっている。このまま何も視えなくなっていくのではないか、と思えるほどに。
 そうなるのなら、それは仁にとっては、何よりも嬉しいことの一つである。
 人とは違った――普通の人が持ちえない《1=1+α》の能力のために、母親にさえ気味悪がられ、捨てられることになってしまったのだから。
 自分に注がれる異端視と、別の生き物を見るような視線。
 珍しいモルモットを観察するような学者たちの視線と、興味本位で訪れる様々な機関の大人たち。
 繊細で傷つきやすい幼い子供が心を閉ざしてしまうには、充分過ぎる材料だった。
 そんな仁に、
『全部俺に言えばいい』
 そう言ってくれたのが、春名だった。
 母親でさえ、
「そんな気味の悪いことを言うのはやめなさい!」
 と、口にするだけで怒られた言葉を、春名は受け止めてくれると言ったのだ。
 学者たちが、単語おだて、媚び、猫撫で声で聞き出そうとした、普通でない仁の言葉を、普通に――。
 誰もが『頭がおかしいんじゃないのか?』と眉を寄せるような言葉でも。
 無理に訊き出す訳でもなく、仁の心を訪ねるように――。
 だから仁も、春名にだけは《視えるもの》《感じること》を話すことにしている。
「彼……、あんなに良くなってるのに、また急に具合が悪くなったりしたら、ご家族もきっと、がっかりして……」
 退院できるほどに回復したウォーレンのことを思いながら、仁は、自分の《悪い予感》に胸を痛めた。
「まだそうと決まった訳じゃない。少なくとも、彼は確かに回復しているよ」
 自分が診ているのだから間違いない――そう言うように、春名の瞳が優しく細まる。
 何か悪い予感がするのに、それがどんなことなのかまでは判らない――仁には、それが何よりも口惜しかった。
 ウォ―レンの退院に関して感じた不安だから、彼に何か起こるのではないか、と思っている。――それくらいしか判らないのだ。
 だからこそ春名も早く起きて、ウォ―レンの様子を見に行こうとしているのに違いない。顔を出すだけならすぐに済むが、彼ともう一度しっかり話しをしてみるために。
「コーヒーをくれないか、仁くん」
「はい、ドクター・春名……」


しおりを挟む
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

寝させたい兄と夜更かしの妹(フリー台本)

ライト文芸
夜更かして朝おきられない妹に、心配でなんとか規則正しい生活をして欲しい兄だが…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...