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Karte.7 吸血鬼の可不可-血
吸血鬼の可不可-血 32
しおりを挟む春名は、コートのポケットから銀色の十字架を、取り出した。レオが仁に贈ったクリスマス・プレゼントである。
「私を吸血鬼に仕立て上げたいのなら、十字架を持っているのはおかしいだろう? 私を警察に突き出す前に、これを取り上げたらどうだ?」
と、鎖を付けた十字架を、レオの目の高さで、静かに、揺らす。
静かに、静かに。
ゆっくり、ゆっくり。
レオの瞳が、その十字架の動きに、吸い寄せられる。
「君は吸血鬼妄想に取り憑かれている訳ではない、ライオネル・ウォン……。十字架にも触れることが出来るし、昼間も歩ける。君が欲しかったものも血ではなく、幼い頃の友人だ。――仲の良かった友人がいただろう、レオ? 君が愛した友人が……。だが、彼は君を受け入れてはくれなかった。だから君は、彼の代わりに血を求めた。――そうだろう?」
レオの瞳が、小刻みに震えた。
泣いている――いや、違う。泣いているのではなく、彼の表情は、低い笑みに歪んでいた。
「クックッ……。今度はそっちが催眠術か。私のことまで調べてあるとは、な」
と、目の前の十字架から視線を逸らし、心底楽しげに肩を竦めた。
春名は、レオの視線が十字架から逸れたその隙に、肩をつかんで、後ろの壁に押し付けた。
「くっ! 何を――っ」
「君が欲しかったものを私がやろう。血ではなく、君が拒まれたものを――」
と、目を瞠るレオの唇に、口づける。
「ん……っ!」
割り入れる舌に、レオの瞳が、大きく揺れた。
巧みに搦める舌の動きに、嚥下できない唾液が、零れ伝う。
「やめ……っ」
「拒む必要はない。そして、私も君を拒みはしない。決して君を傷つけはしない……」
春名は再び舌を搦め、少年期にレオが得られなかったものを、優しく与えた。
子供の頃は、誰もが皆、傷つき易い。何に傷つくかもさまざまで、その傷に気づいてももらえず、癒してもらうことも出来なかった子供は、大人になっても、その痛みから解放されない。
狂人とは、誰よりも哀しい存在なのだ。
「もうどこへも逃げる必要はない……。君は夢を見る、レオ……。一年前の夢、二年前の夢、三年前、四年前、五年前……ずっと遠い日の夢……。優しく、大好きだった友人……。とても愛し、何よりも大切にしていた友人……。今、君の目の前にいるのが、その友人だ」
「目の前……」
レオの瞳が、茫と戸惑うように、持ち上がった。
「ああ。私が君の友人だ、レオ。今、君を抱いているのも私の腕で、君は私の中にいる。暖かく、心地良い場所に……」
「心地良い……」
「ああ。もう恐れなくてもいい、レオ。私は君を拒みはしない……。私はこうして君を受け入れることが出来る……。いつでも、いつまでも……」
「いつ……までも……。ロン……」
――ロン……。
もう長く口に出すことのなかった名前を呟き、レオは、春名の胸に顔を埋めて、少年のような仕草で、目を暝った。
春名は、そのレオの体を、優しく腕に包み込んだ。
静かな息遣いが胸に届き、安らかな寝顔が、胸に、落ちる。
氷の幕を作って他人を遮断してしまった仁とは違い、氷の刃を作って他人を傷つけてしまったことが、彼の罪の始まりだったのだ。――いや、それを罪と呼んでもいいのだろうか。
多分、彼は、仁よりも、春名に、近い……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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