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Karte.7 吸血鬼の可不可-血
吸血鬼の可不可-血 27
しおりを挟む「学校と……コンドミニアムで……。刑事……ライオネル・ウォン、っていう……」
刑事――。その言葉は、春名に取っても思いがけないものだった。ドクター.ニコルズが、仁に会わせるために呼んだ刑事が犯人だったのなら、その刑事に取って、仁は大変な脅威であり、自らを滅ぼす凶印となり兼ねない、邪魔な存在であったはずなのだ。
そして、刑事が犯人なら、今までの犯行の大胆さも、手掛かり一つ残さない不敵さも、全て無理なくうなずける。
それだけでなく、刑事が犯人であったのなら、別の男を犯人に仕立て上げて捕まえることも、そう難しくはなかっただろう。
「……その刑事が、君に十字架を渡した理由は? 彼はその理由を君に言ったのか?」
静かな、そして、厳しい口調で、春名は訊いた。それは、仁に対する厳しさではなく、犯人に対する厳しさである。
「ぼくが……彼に似てるから、って……」
「似てる?」
「多分、血のことだと思う……。あの人は、ぼくに血が視えることを知っているから……。あの人は、きっと、小さい頃から血を見るのが好きで……」
「似てはいないさ。君は好きで血を視ている訳じゃない」
「……」
心を慰める春名の言葉にも、仁は黙ってうつむいていた。
「取り敢えず、君は今日から外出禁止だ。メール・ボックスへも一人で行ってはいけない。あの男が何の積もりで君に十字架を手渡したのかは解らないが――いや、自分が吸血鬼の積もりで、十字架を持っている君には襲い掛からない、という意味で渡したのかも知れないが、それは希望的観測だ。二度とあの男に近づいてはいけない。――解るな、仁くん?」
「……はい、ドクター.春名」
「おいで」
沈み込む仁を軽く抱き上げ、春名は膝の上に座らせた。まだ、フワリ、と軽い子供である。小柄なせいもあるのだろうが、大の大人――しかも、鍛え抜かれた刑事のターゲットにされては、逃れようもない。
「君は、あの男の前で、血が視えることを認めたのか?」
案ずるように、春名は訊いた。
仁は首を横に振った。
「そうか……。向こうも、ドクター.ニコルズから聞いたとはいえ、半信半疑なんだろう。君に近づいて来たのも、それを確かめるためだったのかも知れない」
「ぼく……ぼくがもっと早く言っていれば、他の人が犯人にされることも――」
「あの男の頭の良さは、君も知っているはずだ。証拠はどこにも残していない。だからこそ、君にも平気で近づいて来るんだ。彼を犯人に出来る証拠など何もないと判っているから……。君が警察に訴えたところで、証拠不十分で不起訴になるに決まっている。それどころか、君に血が視えることがはっきりしたら、今度は君の身の方が危なくなる」
「……」
「心配することはない。ここにいれば安全だ」
春名は、小さな体を、強く抱いた。その心地良さに浸るよう、仁が目を暝って、春名の胸に凭れ掛かる。
ただ優しく暖かい時間であった。
だが、ずっとこうしていられる訳ではないのだ。あの男が捕まらない限り、冬休みが終わっても、仁は学校へ行くことも出来ない。
「ごめんなさい、ドクター.春名……。ぼく、ドクター.春名に心配を――」
「君に何かあってからこのことを聞かされたら、僕は精神科医として自信を失くして、すぐに医者を辞めていたさ。僕のプライドの高さは、君もよく知ってるだろう?」
「……」
「僕は人に叩かれて大きくなるタイプの人間じゃない。それは自分でもよく判っている。だからこそ、狂いそうになっても、プライドの高い自分を保っているし、保って行ける自信も持っている。その自信の一つが君だ。君と過ごす時間は……君が思っている以上に、僕には大切なものだ」
自嘲のように瞳を細め、春名は唇の端を少し歪めた。
「ドク……」
医者に自信をつけさせるのは患者であり、また、医者の自信を喪失させるのも患者――。
精神科医だからといって、いつも賢明だとは限らない……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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