可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 26

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 華やかなイルミネーションも取り外された、年明けの一日――。
 あの日の仁の言葉を思い出しながら、春名は、ソファに腰を下ろして、新聞を広げた。
《美少年を襲う吸血鬼、逮捕》
 紙面を見て、一番最初に目についたのが、その見出しであった。あの連続殺人事件の犯人が逮捕されたのだ。
 犯人は、唯一助かった少年の証言の通りの白人男性で、吸血鬼妄想に取り憑かれていた狂人、だという。家の中にも、吸血鬼に関するものがたくさんあり、寝具は棺桶、昼間はそこで眠り、夜になると動き出す、という吸血鬼そのものの生活をしていたらしい。
「警察もここまで馬鹿ではないと思っていたが……」
 記事を見て、春名は、ポツリ、と呟いた。
 あの日、仁が言ったように、春名自身、缶ビールで追い払われた吸血鬼と、一連の殺人事件の犯人が同一人物であるとは、思っていなかったのだ。当然、警察も発表こそしないものの、犯人を同一視して捕らえることなどしない、と思っていた。
 それが……。
「ドクター.春名、コーヒー、そっちに持って行く?」
 不意に、キッチンの方から声が届いた。もちろん、このコンドミニアムには、春名の他に、仁という共同生活人がいるのだから、驚きはしない。
 それでも……その仁が、事件のことを口にしない、というのは不思議だった。新聞に載っている犯人逮捕の記事は、もう仁も見ているはずである。
 それとも……言い出せない理由があるのだろうか。
「ん、ああ。持って来てくれ」
 紙面から顔を持ち上げ、春名は言った。
 香ばしいコーヒーの匂いが部屋を満たし、仁がリビングへと姿を見せる。
 だが、視線を逸らすように、手元のコーヒーだけを見つめている。
 あれから、仁は吸血鬼の話を一度もしない。もちろん、それは春名に取っては安心できることであったが、気に掛かることでもある。
 コトリ、とコーヒーを置く音がした。
 春名はそのコーヒーを口に含み、再び新聞に視線を落とした。
「ドク……」
 しばらくすると、消え入りそうな声が、耳に届いた。
「ん?」
 その声を聞いて顔を上げ、春名は、仁の手のひらに乗る銀色の十字架を目に止めた。随分、高価なものらしく、美しい細工が施されている。
「初めて見るな……。きれいな十字架だ。君のお母さんのものなのかい、仁くん?」
 その問いかけに、仁は何も言わずに、首だけ振った。
「まさか、この吸血鬼事件のために買ったとか?」
 十字架を買うほどに、吸血鬼を恐れていたのだとすれば、余程のことである。
 だが、仁はその問いかけにも、首を振った。
「プレゼントに……。クリスマス・プレゼントに入ってた……」
 と、思い詰めるような眼差しで、言う。
「プレゼント? メール・ボックスに入っていた、あれのことかい?」
 コクン、とうなずく。
 春名は厳しく表情を変えた。そのプレゼントの意味が、血が視える仁に対する厭がらせだとしか、考えられなかったのだ。
 仁こそが吸血鬼だ、というような――。その十字架で仁を退治する、というような。
「そうか……。で、誰からもらったんだ、仁くん? 子供の厭がらせで買えるほど安いものじゃない」
 一つ呼吸を置いて、春名は訊いた。
「犯人……。連続殺人事件の犯人から……」
 その仁の言葉に、春名は新聞を握り潰すほどに、目を瞠った。
「犯人を知っているのか? 犯人に遭ったのか、仁くんっ!」
 と、仁の肩をつかみ取る。
「ご、ごめんなさい……っ。ぼく、隠してた訳じゃ――。話そうと思ったけど、証拠も何もなくて……それだけで、犯人にできないから……」
 大きな瞳が、涙で潤む。
「……。君が僕に隠し事をしないことは知っているさ。僕に心配をかけたくなかったんだろう?」
 春名は語調を落として、優しく訊いた。
 仁は潤む瞳で、コクリ、とうなずく。
「ぼく……ただ血が視えるだけで……その人が犯人だって証拠は、何も……」
「それは誰のことだ? どこで逢った?」


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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