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Karte.7 吸血鬼の可不可-血
吸血鬼の可不可-血 21
しおりを挟む「ドクター.春名。――ねェ、ドクター.春名ったらっ。電話だよ。サラ、っていう女の人」
仁は、ソファで眠る春名を揺り起こし、その酒臭さに顔を顰めながら、声をかけた。
ソファの前のロー・テーブルには、シャンパンやコニャックのボトルが、昨夜のイブの名残りを留めるように、放ってある。
昨夜は、仁も、春名に遅くまで付き合わされ――付き合いを強要され、そのままソファで眠ったのだ。クリスマス・イブくらいは、という、解ったような解らないような理由が、それであった。シャンパンやコニャックまで飲まされ――といっても舐める程度だが、仁も、片付ける気が起こらないままに、そのまま眠ってしまっていた。
そして――今は、もう昼に近い時間であった。仁は起き出したものの、春名はまだ深い眠りに取り憑かれている。
「ねぇ、ドクター.春名っ、電話が――」
「ん……。サラ?」
やっと、起き出したようである。
だが、まだ目一杯に眠そうに、薄く瞳を開いただけである。体を起こそうともしない。
「そうだよ。早くしないと、本当にフラれるから――」
そう言いかけた時だった。春名の手が、仁の体を抱き寄せるように絡み付き、そのまま腕の中へと包み込んだ。
――え……?
戸惑う間もなく、唇が触れて、重なり合う。
春名の舌が、慣れた動きで、仁の唇を割り開いた。
何が起こったのか理解するのに、時間が掛かった。三秒くらい――。これは、どんな数式でも見た途端に解る仁には、珍しいことである。
「んっ!」
理解した途端、目を見開いて、春名の腕に力で抗う。その頃には、春名が仁を誰と間違えているのかも、解っていた。
バタバタと暴れ回る仁の様子に気づいたのか、春名が唇を離して、腕を緩めた。
「……サラ?」
やはり、間違えている。
「ドクター.春名なんか大っきらいだっ! もうぼく、ドクター.春名を起こすのなんかイヤだっ」
腕から逃れ、泣き出しそうな顔で、仁は言った。まだ九つの子供なのだから、当然のことであっただろう。
「へ……? 朝っぱらから何を怒ってるんだ?」
春名が、訳が解らない様子で、ソファの上に体を起こした。まだ昨夜の酒が残っているのか、頭が重そうである。
「もう朝じゃないもんっ。それに、ドクター.春名が寝ぼけて――あの女の人と間違えて、ぼくにキスをするから……っ」
仁は、真っ赤な顔で、抗議した。
「キス? ぼくが仁くんに?」
その言葉に、コクンコクン、と力強くうなずく。
当然、謝ってくれると思っていた。
だが――。
「ふーん。最近、論文一筋で、欲求不満だったからなァ。――まあ、仁くんもファースト・キスじゃないんだし、女の子でもないんだから、そう気にすることでもないさ」
と、謝るでもなく、煙草を銜える。
確かに、女の子ではないのだから、そう気にする必要もないのかも、知れない。
だが、仁はともかく、春名にはもっと気にして欲しい。一応、良識のある大人なのだ。そして、ただのキスではなく――。
「舌も入れたっ!」
仁は言った。
「舌?」
再び、その問いかけに、力強く、コクン、とうなずく。
今度こそ謝ってくれるはずであった。
だが、春名は謝りもせずに、こう言った。
「そうか。上手だっただろう? 今後のために、よく覚えておくんだぞ」
と、頭まで、撫でる。
ここで怒らない人間がいたら、会ってみたい。
起き抜けの春名と、まともな会話を交わそうとしたのが、間違いだったのだ。
仁は、くるり、と翻り、スタスタと電話の方へと足を向けた。
受話器を持ち上げ、スゥ、っと深呼吸のように、目一杯に息を吸い込む。そして、息を吐き出すと同時に――。
「ドクター.春名がキスして、舌まで入れたあ――――っ!」
と、大声で叫び、電話を切る。
目を丸くしたのは、春名である。
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