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Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 19

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 仁は、仕方なく元のフロアに戻り、案内カウンターへと足を向けた。
 一度通った場所を忘れる、ということはないために、迷うこともない。
 その仁の姿を、じっと見つめている人影が、あった。今までずっと後をつけていたのか、仁の連れがいないことを知ると、その距離を縮めるように、歩幅を変えて歩き始めた。
 休日のショッピング・モールでは、誰も気にも止めない行動である。
 二人の距離が、ぐっと縮まる。
 もう、手を伸ばせば届く位置まで、近づいている。
 人影が、仁の背中に手を伸ばす。その時――。
「どこに行っていたんだ、仁くん! 今、君を呼び出してもらおうと思って――」
 と、春名がカウンターの脇から、姿を見せた。
 人影が、人混みの中へと紛れて行く。
 仁は、背中に感じたその気配に振り返ろうとしたが、今は、もっと重要なことが目の前にあったために、振り返らずに、春名の言葉を睨みつけた。
 待っていて、と言った場所で、待っていなかったのは、春名の方なのだ。それでも、その場では何も言わず、春名が案内嬢に謝ってカウンターを離れるのを見て、仁も同じようにその場を離れた。人前で、感情のままに当たり散らすなど、子供のすることである。
「――で、どこへ行っていたんだ、仁くん? 黙っていなくなったら心配するじゃないか」
 どうやら春名は、自分の非を口にしない積もりらしい。その態度には、仁も黙っていられない程に、腹を立てた。
「ぼくがブーツを選んで戻った時、そこにいなかったのはドクター.春名の方だもんっ」
 と、仏頂面で、言葉を返す。
 春名の表情が、バツ悪そうに、変わった。
「あー、えーと……何だ、そんなに早く選び終わっていたのか。時間が掛かりそうだったから、ちょっとトイレに……。その間に仁くんがいなくなって……」
 と、目を泳がせながら、言い訳をする。
 さらに怒りが膨れ上がった。女性用トイレならともかく、男性用トイレが、そんなに混んでいるはずがない。どんなに混んでいたとしても、仁が靴屋で春名を待っている間に、充分、行って戻って来れる時間である。それに……。
「……ビッグ・ジョンのトイレの芳香剤は、そんなに高そうな香水の匂いじゃないもん」
「へ?」
「展望台で逢った、あの女の人と同じ香水の匂いがする」
 その言葉に、春名の表情は、取り繕いようもなく、変わった。もう言い訳は出来ない状況である。
 男、というのは、どうしてこうも簡単に嘘を見破られ、また、嘘をつき通せなく出来ているのだろうか。
「あの……。えーと、それは、だな。多分――」
 往生際まで、悪い。
「ドクター.春名なんか大っきらいだっ!」
 仁は、溜まりに溜まった怒りを打付け、スタスタとさっきの靴屋へ歩き始めた。
 展望台で、春名に言った言葉を忘れていた訳ではないが、それでも、仁が気を遣って、彼女と一緒に過ごせばいい、と言った時には行かず、仁に隠れてコソコソと逢い、それだけでなく、仁を子供扱いして、それをごまかそうとする春名の姿は、とてつもなく気に入らないものだった。仁は、本気で春名の心配をしていたのだ。
 その仁の背中を見つめる春名の姿は、苦笑にも似た『光景』であっただろうか。感情のままに怒りを打付ける仁の姿に、フッ、と軽く鼻を鳴らし、
「……大っきらい、か」
 と、楽しげに呟く。
 そして、すぐに仁の後へと追いついた。
「仁くん」
「……」
 仁は無視して、足を進める。
「口を利いてくれないか、仁くん」
「やだ」
「実は、さっき、彼女にフラれて――。ものは相談なんだが、あのスウェーデン美人を紹介してくれないか?」
 どうやら、反省はしていないらしい。
 仁は、再び膨れ上がる怒りの中、靴屋に入り、さっきのブーツも含めて、手当たり次第にその辺りの靴を抱え始めた。
「その靴はどうするんだい、仁くん?」
 その春名の問いかけにも応えずに、胸一杯に抱えた靴を、キャッシャーへと持って行く。
「これ、全部くださいっ」
 この後、春名がレジでどうなったのかは、あまりにも悲惨なため、ここでは語らないことにする。大人が子供の心を傷つけるとどうなるか、という見本のようなものである。
 取り敢えず、買い物でストレスを発散した仁だけは、気分の良さを取り戻していた。
 春名は、といえば、仁の気の強さが、こういう形で現れることを、カードの利用票を前に、まざまざと思い知らされていた……。


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