上 下
134 / 350
Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 17

しおりを挟む

 そんな煩悩の中、エレベーターが止まり、二人はショッピング・モールに繰り出した。
 どこへ行っても、春名と仁は大抵親子に間違えられ、一々説明するのも面倒なので、今はもう否定することもやめている。顔立ちはそう似ている、という訳ではないが、同じアジア人であり、同じ年頃の子供と比べても小柄な仁と、長身の春名は、アメリカ人から見れば、親子に見えるらしい。
 もちろん、春名にしてみれば、十六、七歳の時に子供を作った覚えはないのだから、心外と言えば、心外なのだが。――付け加えておけば、その年に春名がセックスを知らなかった、という意味では、ない。
「これなんかどうだい、仁くん? 履き易そうだし、デザインもいい」
 手近な靴屋に足を入れ、春名は、目についたブーツを一つ、持ち上げた。
 仁は、しばらくそれを眺めていたが、気に入らない様子で顔を上げ、
「……ドクター.春名って、金銭感覚が全然ない」
 と、値札を見せる。
 ちょっと驚く値段であった。子供のブーツが、何でこんなに高いんだ、と言いたくなるほどの。
 そして、確かに春名は、仁の言葉の通り、自分で買い物をする、ということには向かないタイプだった。いつも女性に選んでもらっていたせいもあるのだろうが、こういうことは、母親と二人で暮らしていた仁の方が、余程しっかりとしている。
「あー……そうかな。――でも、いいものの方が長く使えるだろ?」
 子供に言われっ放しなのもしゃくに障るので、春名は思慮深いところを見せるように、その言葉を持ち出した。
 仁は、ブンブン、と首を振り、
「ぼく、来年には背も伸びて、足も大きくなるから、もう履けない」
 これでは、次の言葉は出て来ない。確かに仁の言葉の方が、正しい。このくらいの年の子供は、あっと言う間に大きくなる。
 それでも、引き下がるのは、春名のプライドが許さない。
「なら、来年、また買えばいいじゃないか。これなら、友だちもみんな羨ましがる」
「友だちなんか、いないもん」
 結構、手ごわい。どころか、妙なところで頑固である。こういうところは、アメリカ人の特徴かも知れない。――いや、中国人や日本人は、たとえアメリカで生まれ育ち、アメリカ国籍を持っていても、不思議と『アメリカ人』と呼ばれることはない。ドイツ人やフランス人なら、すぐにもアメリカ人と呼ばれるのに、中国人や日本人は、飽くまでも中国人と日本人なのだ。いいところ、中国系アメリカ人、日系アメリカ人、という呼び方だろう。黄色人種を見て、アメリカ人、と呼ぶ人間は、この国には、いない。
「これを履けば、友だちが出来るかも――」
「そんな友だち、要らない。――ぼく、自分で探して来る。ドクター.春名の言う通りにしてたら、いくらお金があっても足りないもん」
 しっかりしている、というか、すっかり主婦の感覚である。完璧に、大ざっぱな春名のフォローに回っている。
「ここで待っててねっ。勝手に動き回って、他のを買っちゃダメだよ」
 と、生意気に言う。
「ムッ」
 としたが、春名が言い返す間もなく、仁は、タカタカと他のコーナーに行ってしまった。
「何で、九つの子供に嗜められなきゃならないんだ、俺は」
 その言葉を仁が聞いていたら、きっと、こう言っただろう。
 春名は、買い物という日常のことに、且つ、面倒なことに頭を使いたがらないから、と。
 確かに、息子を医者にしようという、それなりに裕福な家庭に生まれ育った春名には、金でカタのつくことなら、考えずに買ってしまった方が楽だ、という考えがあり、金ではどうにもならない博士号や、クランケのことに頭を使った方が、価値がある――という考えを持っている。そのことは、否定できない。
 そんなことを考えながら、春名は、ブーツを選ぶ仁の様子を眺めていた。
 不意に、肩に手が乗ったのは、その時だった。
 振り返ると、そこには……。



しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ピアノの家のふたりの姉妹

九重智
ライト文芸
【ふたりの親愛はピアノの連弾のように奏でられた。いざもう一人の弾き手を失うと、幸福の音色も、物足りない、隙間だらけのわびしさばかり残ってしまう。】 ピアノの響く家には、ふたりの姉妹がいた。仲睦ましい姉妹は互いに深い親愛を抱えていたが、姉の雪子の変化により、ふたりの関係は徐々に変わっていく。 (縦書き読み推奨です)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】眠り姫は夜を彷徨う

龍野ゆうき
青春
夜を支配する多数のグループが存在する治安の悪い街に、ふらりと現れる『掃除屋』の異名を持つ人物。悪行を阻止するその人物の正体は、実は『夢遊病』を患う少女だった?! 今夜も少女は己の知らぬところで夜な夜な街へと繰り出す。悪を殲滅する為に…

水祭り

西羽咲 花月
ライト文芸
水祭りがやってくる 大きなだんじりに鐘、太鼓。 キラキラ輝くチョウチンに露店。 今日は祭りじゃ。 早うお逃げ。 今日は祭りじゃ。 巻き込まれるな。

大輪の花火の輪

栗菓子
ライト文芸
わたしは今、徐々に壊れていっている。 若いころは想像もつかないほどわたしの心、体は重い人生に押しつぶされ、愛もとうにすりきれている。 わたしは弱い。今頃思いしらされることはない。 わたしは弱いのでネットで相談しあう。 それしかわたしの生きた証がない。わたしは力を振り絞ってネットで見もしらぬひとと話しあう。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...