132 / 350
Karte.7 吸血鬼の可不可-血
吸血鬼の可不可-血 15
しおりを挟む
マグニフィセント・マイルの洒落た街並を北へ向かうと、白いゴシック風の古い建物がある。
ウォーター・タワー――一八七一年のシカゴ大火災の時に残った数少ない建物である。今は、シカゴのランドマークの一つとして親しまれている。
そのウォーター・タワーを、さらに北へ進むと、超近代的な一〇〇階建てのビルがある。
ビッグ・ジョンの愛称で呼ばれる、ジョンハンコック・センターである。一階から五階はショッピング・モールに、六階から四四階は駐車場とオフィス、四五階以上はコンドミニアムになっており、多目的ビルとしては、世界最高の高さを誇っている。
春名と仁は、そのビッグ・ジョンの九五階にあるレストランで昼食を済ませ、今、九四階の展望台にいた。市街とミシガン・レイクを一望できる神の位置である。
「人々は、ここから見る黄昏と、湖畔に沿って広がる夜景を美しいと言うが、昼間、真下にミシガン・レイク、そして、ニューヨークに追いつき追い越せのシカゴ人のバイタリティを見渡せる時間が、一番、興味深い。――現代建築の見本市のような近代的な街並や、歴史的な建造物……。何より、人間。人々の姿を見ることが出来ない夜は、ただ美しいだけで価値がない」
決して美しいだけではない街と人を眺めながら、春名は言った。
「精神科医としての視点?」
夜の衣で汚い部分を隠す時間ではなく、汚い部分までもが見える時間を好む春名の言葉に、仁は訊いた。
「ただ傲慢なのさ。人々が美しいというものを素直に認めたがらない」
「……解るような気がする」
人が見つけたものでは、満足できないのだ。春名のように自信家で、その自信を満たすだけの器を持っている人間なら、自らでそれを創りたがる。自分がどれほどの人間であるか、試してみたくなるのだ。
その春名の姿は、限りない魅力に満ち溢れていた。
「ごらん、仁くん。この北にあるのがドレイク。そして、北東にあるのがメイフェア・リージェントだ」
仁を呼び寄せ、春名はその方角を視線で示した。
吸血鬼事件の殺人現場となったホテルである。
仁は、そのホテルを見て、息を止めた。
「会議都市と言われるこの街には、一四〇〇軒ものホテルやモーテルがある。大会議や見本市にぶつからない限り、ホテルが取れない、ということはまずない。それだけのホテルがある中、犯人は、人目につきやすい高級ホテルばかりを選んでいる。人を殺すのに、わざわざそんなホテルを使わなくても、他にいくらでも目につきにくい安全な場所がある、というのにだ。――何故だか判るだろう、仁くん?」
「犯人が自信家で……人を殺すことに脅えていないから」
「ああ、そうだ。普通の犯罪者なら、追われていなくても人目を気にする。それなのに、今回の犯人はそんなことなど気にもせず、全く冷静に人を殺し、手掛かり一つ残していない。狂人だから周りを気にしていないのではなく、頭がいいから、自信を持っているんだ。――そんな犯人に近づくことが、どれほど危険かは、すぐに判るだろう?」
冬のシカゴのビル群を見据え、春名は、その冬そのもののような犯人の心理を問いかけた。
ライト・アップされていない昼間の街並は、どこか薄暗く、淀んでいる。
仁は、じっと一点を見据えながら、何も言わずに立っていた。
思い詰めている、のだろう。また以前のように、自分のカラの中に閉じ籠もってしまう可能性さえ、ある。春名に何かを話したいであろうに、それを話せずにいるのだ。
彼は、まだ九つの幼子でありながら、不憫なくらいに春名に気を遣い、自分の心を押し隠して生きている。呆気ないほどに傷つき易い心しか持っていないというのに、壊れるまでその脆さを口には出さず、春名が気づいてやらなければ、何一つ喋ら」ない子供になって行ってしまうのだ。
こう言えば春名に迷惑がかかるから――。
こんなことを言ったら春名が心配するから――。
そんなことを思いながら、忙しい春名に負担をかけまいとして、過ごしている。
疲れている春名に無理を言ってはいけないと――。
面倒なことを話してはいけないと――。
何かにつけて、自分の心を抑えつける。
「さあ、ここでの精神分析は終わりだ。買い物を片付けて、映画でも観に行こう」
春名は、仁を促し、エレベーターの方へと翻った。その時――。
「あら、ハルナ。こんなところで何をしてるのよ」
と、ブロンドの美女が、前に立った。年は、春名と変わらないくらいだろう。魅力的なプロポーションと、顔立ちをしている。長い巻き毛も、出るべきところのボリュームも、本人にも、男たちにも、文句は言わせないに違いない。
ウォーター・タワー――一八七一年のシカゴ大火災の時に残った数少ない建物である。今は、シカゴのランドマークの一つとして親しまれている。
そのウォーター・タワーを、さらに北へ進むと、超近代的な一〇〇階建てのビルがある。
ビッグ・ジョンの愛称で呼ばれる、ジョンハンコック・センターである。一階から五階はショッピング・モールに、六階から四四階は駐車場とオフィス、四五階以上はコンドミニアムになっており、多目的ビルとしては、世界最高の高さを誇っている。
春名と仁は、そのビッグ・ジョンの九五階にあるレストランで昼食を済ませ、今、九四階の展望台にいた。市街とミシガン・レイクを一望できる神の位置である。
「人々は、ここから見る黄昏と、湖畔に沿って広がる夜景を美しいと言うが、昼間、真下にミシガン・レイク、そして、ニューヨークに追いつき追い越せのシカゴ人のバイタリティを見渡せる時間が、一番、興味深い。――現代建築の見本市のような近代的な街並や、歴史的な建造物……。何より、人間。人々の姿を見ることが出来ない夜は、ただ美しいだけで価値がない」
決して美しいだけではない街と人を眺めながら、春名は言った。
「精神科医としての視点?」
夜の衣で汚い部分を隠す時間ではなく、汚い部分までもが見える時間を好む春名の言葉に、仁は訊いた。
「ただ傲慢なのさ。人々が美しいというものを素直に認めたがらない」
「……解るような気がする」
人が見つけたものでは、満足できないのだ。春名のように自信家で、その自信を満たすだけの器を持っている人間なら、自らでそれを創りたがる。自分がどれほどの人間であるか、試してみたくなるのだ。
その春名の姿は、限りない魅力に満ち溢れていた。
「ごらん、仁くん。この北にあるのがドレイク。そして、北東にあるのがメイフェア・リージェントだ」
仁を呼び寄せ、春名はその方角を視線で示した。
吸血鬼事件の殺人現場となったホテルである。
仁は、そのホテルを見て、息を止めた。
「会議都市と言われるこの街には、一四〇〇軒ものホテルやモーテルがある。大会議や見本市にぶつからない限り、ホテルが取れない、ということはまずない。それだけのホテルがある中、犯人は、人目につきやすい高級ホテルばかりを選んでいる。人を殺すのに、わざわざそんなホテルを使わなくても、他にいくらでも目につきにくい安全な場所がある、というのにだ。――何故だか判るだろう、仁くん?」
「犯人が自信家で……人を殺すことに脅えていないから」
「ああ、そうだ。普通の犯罪者なら、追われていなくても人目を気にする。それなのに、今回の犯人はそんなことなど気にもせず、全く冷静に人を殺し、手掛かり一つ残していない。狂人だから周りを気にしていないのではなく、頭がいいから、自信を持っているんだ。――そんな犯人に近づくことが、どれほど危険かは、すぐに判るだろう?」
冬のシカゴのビル群を見据え、春名は、その冬そのもののような犯人の心理を問いかけた。
ライト・アップされていない昼間の街並は、どこか薄暗く、淀んでいる。
仁は、じっと一点を見据えながら、何も言わずに立っていた。
思い詰めている、のだろう。また以前のように、自分のカラの中に閉じ籠もってしまう可能性さえ、ある。春名に何かを話したいであろうに、それを話せずにいるのだ。
彼は、まだ九つの幼子でありながら、不憫なくらいに春名に気を遣い、自分の心を押し隠して生きている。呆気ないほどに傷つき易い心しか持っていないというのに、壊れるまでその脆さを口には出さず、春名が気づいてやらなければ、何一つ喋ら」ない子供になって行ってしまうのだ。
こう言えば春名に迷惑がかかるから――。
こんなことを言ったら春名が心配するから――。
そんなことを思いながら、忙しい春名に負担をかけまいとして、過ごしている。
疲れている春名に無理を言ってはいけないと――。
面倒なことを話してはいけないと――。
何かにつけて、自分の心を抑えつける。
「さあ、ここでの精神分析は終わりだ。買い物を片付けて、映画でも観に行こう」
春名は、仁を促し、エレベーターの方へと翻った。その時――。
「あら、ハルナ。こんなところで何をしてるのよ」
と、ブロンドの美女が、前に立った。年は、春名と変わらないくらいだろう。魅力的なプロポーションと、顔立ちをしている。長い巻き毛も、出るべきところのボリュームも、本人にも、男たちにも、文句は言わせないに違いない。
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


フリー台詞・台本集
小夜時雨
ライト文芸
フリーの台詞や台本を置いています。ご自由にお使いください。
人称を変えたり、語尾を変えるなどOKです。
題名の横に、構成人数や男女といった表示がありますが、一人二役でも、男二人、女二人、など好きなように組み合わせてもらっても構いません。
また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。
※二次配布や自作発言は禁止ですのでお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる