上 下
129 / 350
Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 12

しおりを挟む

《血に飢えた吸血鬼、缶ビールに泡を吹く》
 翌日の新聞の見出しを飾ったのは、冗談のようなその言葉であった。
 昨夜、住宅街で一人の少年が吸血鬼に襲われ、持っていた缶ビールを投げ付けて、その吸血鬼を追い払った、というのだ。そして、無事助かった少年の証言から、犯人が痩せこけた白人の男であったことが判っている。
 他にも、狂犬のように涎を垂らしていただとか、真っ赤な双眸をしていただとか、周りにコウモリが飛んでいただとか、色々な証言があったが、そちらの方は信用できない。もちろん、警察の方も信用してはいないだろう。証言した少年の方も、数日後には、馬鹿なことを言った、と後悔するに違いない。――いや、自分の言ったことを本当のことだ、と思い始めるだろうか。
 とにかく、はっきりしている事実は、といえば、彼が父親に叱られたことと、当分、外出を禁止された、ということだけだった。
 そして、犯人が白人の男であった、ということだけ……。
 普通、コウモリが飛んでいた、とか、真っ赤な双眸をしていた、とか、見てもいないことを、見たと思い込んでいようと、ただ白人男性だった、というような思い込み方はしない。それなら、犯人はルーマニア人だった、とか、東欧人のようだった、とかいう思い込みの方が、理にかなっている。
 彼が見た犯人は、確かに白人男性だったのだ。
 だが……。
「君は納得していないようだな、仁くん?」
 ダイニング・ルームで新聞を広げ、じっとその記事を見据える仁を見て、春名は訊いた。
「そういう訳じゃ……。ただ、今までの被害者は、皆、疑いもせずにホテルまでついて行っているのに、今回の少年は、最初から、あからさまな不審を感じて、その男を警戒しているし……」
 犯人、とは言わず、その男、という言い方でを呼び分け、仁はうつむきがちに、語尾を消した。
「これだけ騒がれている事件だ。少年たちが警戒し始めるのも当然だろう?」
「でも、今までは街娼ばかりが狙われていたのに、今回は普通の学生だし――」
「つまり、納得していない、という訳だ」
 少し卑怯な誘導尋問、というやり方で、仁の心の内を引っ張り出し、春名は大きく溜め息をついた。
 仁は唇を結んで、うつむいている。
「なァ、仁くん。この事件は確かに特種で人目を引くが、何故、君がそんなに気にする必要がある? ドクター.ニコルズに協力するよう言われたのか? 君は、もう血を視たいとは思っていないはずだろう?」
 隣の椅子に腰を降ろし、春名は、仁を抱いて自分の膝の上に移し変えた。
「ぼく……」
 仁はそう言ったっきり、黙り込む。春名の膝の上は、目を合わせずに済む分だけ、気が楽なはずだろうに、それでも口は開かない。
「君を責めている訳じゃない。僕も精神科医として、やじ馬として、今回の事件に興味がない訳じゃない。――だが、僕は医者だ。セラピーはしても、犯人捜しはしない。君にもさせたくはない。――解るだろう? どんなに頭が良くても、君はまだやっと九つの子供だ。話だけなら対等に出来ても、対等の経験を持っている訳じゃない」
「……経験?」
「ああ。――僕が持って帰った資料を読み、君は、その病気についての異常性を理解した。それでも、そのクランケを治せる訳じゃない。頭で理解するのと、そのクランケを前にするのとでは、全く違う。――彼らは、1=1の常識の世界に住む人間とは違って、全く別の世界を創り上げていることも珍しくはない。我々に取っての【1】は、彼らに取って、必ずしも【1】ではないんだ。普通の人間には、【1】は必ず【1】であり、それ以外のものになりもしなければ、また、【1】が【1】でないと疑いもしない。――だが、彼らは疑う。【1】とは、【2】と同じものではないのかと――。ひょっとしたら、無限大にも等しいのではないかと――。そして、1=∞アブノーマルの世界を創り上げる。その世界では、我々にとって【罪】であることが、彼らにとっては【罪】ではなくなり、全く別の意味を持つものに変わっているかも知れない。人を殺すことにも、罪の意識を感じなくなるんだ。――そうなった時、警官なら、知識の代わりに銃や力を持って、その狂人を押さえ付けることが出来る。彼らの世界を知らなくても、今までに身につけて来た経験で、危険に対して取るべき処置を知っている。――だが、君はどうだ? この小さな手で何が出来る? 警官より遥かに優れた知識を持っているのに、この手は何の役に立つ? 年を重ねなければ、君の手は大きくならないだろう? 知識だけではどうにもならないだろう?」
 春名は、膝の上に座る仁の小さな手をつかみ取り、たったそれだけのことで動きを封じられてしまう体に、問いかけた。吸血鬼に襲われたら、逃げることも抗うことも出来ない、非力さである。


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...