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Karte.7 吸血鬼の可不可-血
吸血鬼の可不可-血 11
しおりを挟むカツーン、カツーン、と、まるでロンドンの石畳の舗道を歩くような、高い靴音が響き渡った。
暗い道である。
吐く息だけが白く、酷寒のシカゴの夜を、飾っている。
だが、その靴音の主を照らし出すほどの白さは、持って、いない。
気味が悪い靴音であった。これで霧でも出ていれば、誰もが恐怖に泣き叫んだことだろう。
少年は少し、足を、速めた。
好き好んで、こんな時間に一人で外に出て来た訳では、ない。週末の決まり事で、友達の家でのパーティに誘われ、そのメインとも言える酒が切れ、誰かが買いに行くことになったのだ。そして、ゲームに負けた彼が、買いに行くことになった。
今は、その帰り道である。抱え込む袋の中には、ビールが山と詰め込んである。
足を速めてしばらくすると、あの靴音も聞こえなくなった。多分、警戒されていることを知って、後をつけるのをやめたのだろう。それとも、怖がったことが馬鹿馬鹿しくなるような理由――ただ散歩を楽しんでいただけの人間で、自分の家に戻ったのかも、知れない。
とにかく、あの気味の悪い響きが聞こえなくなったことに、少年は、ホッ、と息をついた。
静か、であった。
女の子たちの手前、怖がる訳にも行かず、平気な顔をして出て来たのだが、物騒な事件が続く中、やはり、怖いことは間違いなかった。
しかし、それよりも、もっと怖いことがある。こんなことが親に知れたら、ただで済むはずがない。それが何より、怖かった。
「ハッ! 吸血鬼だって? ここはトランシルヴァニアの古城じゃないんだぜ。シカゴの住宅街で、教会だってすぐそこにある。そんなものより、ギャングとおやじの方がよっぽど怖いさ」
と、自分自身を勇気づけるように、吐き捨てる。
何しろここは、あのアル・カポネが暗躍した都市なのだ。シカゴで三〇〇人以上殺したマフィアのボスと、まだたった四、五人しか殺していない吸血鬼とでは、比べものにならない。
もちろん、彼は、一九二〇年代の禁酒法時代のことなど、実際には何も知らないのだが……。
不意に、何かの気配が、した。
誰かがいる、と思ったのもそのせいであった。もちろん、それは気のせいだったかも知れないし、恐怖心が作り出した幻影だったかも知れない。
それでも、心臓は、ドクン、ドクン、と早鐘を打った。
アルコールの勢いも、今はすっかり失せている。
靴音は、あれっきり聞こえない。
だが……。
足の竦む不安を胸に、少年は家へと駆け出した。その時だった。街頭を背に、一人の男が姿を見せた。黒ずくめの服を身につけている。――いや、黒ずくめではなく、光を背にしているために、シルエットでしか見えないのだ。
少年は、叫ぶことも出来ずに、凍りついた。
大抵の人間は、危険が迫っても、叫びなど上げられないものである。少年も、映画や小説での美女の叫びは嘘だ、と思ったに違いない。
カツーン、カツーン、と、高い靴音が近づいて来る。
そのシルエットは、マントを羽織り、唇から朱い血を滴らせているようにも、見えた。
手が冷たかったのは、胸一杯に抱え込んでいた缶ビールのせいだけ、であっただろうか。
それとも……。
静寂の住宅街に、缶ビールの転がり落ちる高い音が響き渡った。そして……。
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