126 / 350
Karte.7 吸血鬼の可不可-血
吸血鬼の可不可-血 9
しおりを挟む「まあ、吸血鬼も国によってさまざまだからな。後は、鏡を嫌うとか……」
「鏡?」
「ああ。鏡には、吸血鬼の姿は映らないから、鏡を使えば、吸血鬼かどうか判るそうだ。――といっても、鏡のないホテルもないだろうが」
異常者は、本気で自分が吸血鬼であると思い込み、そういうものを嫌っているのだ。
「ふーん……」
「それがどうかしたのかい、仁くん?」
突然、事件に興味を持ち始めたらしい仁の様子に、春名はハンドルを握りながら、問いかけた。
「別に……」
「あの刑事の手伝いはしない方がいい」
「……」
春名の言葉に、仁は何も言えないように、うつむいた。
「今回の事件は、マスコミが騒ぎ立てているような、吸血鬼妄想の異常者が起こしている事件じゃない。それは、今の君の質問で判っただろう?」
犯人は、吸血鬼が嫌う流れる水の中で犯行を起こしているのだ。
「……。でも、犯行は夜だし、シャワーを浴びていたのは、殺された少年だけかも知れない。それに、鏡も見ていないかも知れないし、もし、見ていても――他の全ての面で、吸血鬼らしくない行動を取っていたとしても、ドクター.春名が言ったようなものを怖がらない『別の国の吸血鬼』妄想の人間だったら……」
「――で、君はどうしたいんだ?」
「ぼくは別に……。ただ、犯人が昼間も出歩けて、十字架も何も怖がらないのなら、どんなものが効くのかと……」
「君が納得できないのなら、吸血鬼病の過去の症例を探して来よう」
「……」
ただでさえ、博士論文の準備で忙しい春名に、そんなことをさせられるはずもない。
仁は黙って、首を振った。
もちろん、それで蟠りが消える訳でもない。校門の前で、仁は、はっきりと見たのだ。レオの唇についている朱い血を――。
だが、それは、レオが言っていたように、刑事としての仕事の時についたものかも知れないし、気にするようなことでもないかも、知れない。第一、彼が血を吸っている、という証拠など何もないのだ。吸血鬼病に取り憑かれている、という根拠もなければ、昼間は眠っている、という、吸血鬼の一般常識にも当てはまらない。
それでも……。
「ドク――」
言いかけ、仁はそこで言葉を切った。血が視えたことを話せば、春名は心配をして、博士論文どころではなくなってしまうだろう。
「ん? 何だい、仁くん?」
言葉の端を耳に留めていたのか、春名が、いつものように、煩わしがらずに、問い返してくれる。
「あの……何でも……。博士論文って、大変?」
「どうせ博士号を取るなら、最高の評価を受けて取りたいだけさ。だから、一切、手は抜かない。何しろ、君も知っての通り、プライドが高いものでね」
「……」
「もちろん、仁くん以外にこんな話は出来ないが」
苦笑のように、春名は言った。
「……他の人に、一生懸命やってるところを見られるのがイヤだから?」
「ああ。――明日の休日はどこかへ出掛けよう、仁くん。休みを潰してまで机に向かっている、と思われたくない」
それは多分、本心であったのだろう。そして、仁のことを思っての言葉でもあったに、違いない。春名は、休日は必ず仁の相手をしてくれるのだ。他の家庭の父親や母親がそうであるように――。彼らが、週末は家族と一緒に過ごすように。
そういう生活スタイルは、勉強に明け暮れている学部生であれ、院生であれ、変わらない。週末は、勉強のことなど忘れて、パーティやコンサートに繰り出すのだ。
そして、仁もその週末を楽しみにしていた。もちろん、子供らしくもなく春名の心配りを察し、色々と気を遣い、心苦しくも思ったりしていたが、春名は多分、そんな仁の心も知っていて、それでも、仁がそんなことを忘れて過ごせる一時がある、と解っているから、必ず休日を割いてくれるのだ。
「あのね、ドクター.春名」
「ん?」
「今日、ドクター.春名が戻って来るまで、PCを使っててもいい?」
仁は訊いた。
学校まで迎えに来ているとはいえ、春名はこのまま一緒に帰宅する訳ではなく、また、大学へと戻って行くのだ。
「ああ。別に構わないが、君が見たいような症例が探せるかどうか……。大学か図書館に行けば、その資料もあるだろうが」
「ううん。ただ行動分析をしたいだけだから……」
「……。納得するまでやればいい。刑事について行くよりは安心だ」
子供の好奇心の強さを理解するようなその言葉は、同時に、子供を案じる父親のような言葉でもあったかも、知れない。
結局、親というのは、子供が何をしていようと心配してしまうものなのだ……。
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる