可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 9

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「まあ、吸血鬼も国によってさまざまだからな。後は、鏡を嫌うとか……」
「鏡?」
「ああ。鏡には、吸血鬼の姿は映らないから、鏡を使えば、吸血鬼かどうか判るそうだ。――といっても、鏡のないホテルもないだろうが」
 異常者は、本気で自分が吸血鬼であると思い込み、そういうものを嫌っているのだ。
「ふーん……」
「それがどうかしたのかい、仁くん?」
 突然、事件に興味を持ち始めたらしい仁の様子に、春名はハンドルを握りながら、問いかけた。
「別に……」
「あの刑事の手伝いはしない方がいい」
「……」
 春名の言葉に、仁は何も言えないように、うつむいた。
「今回の事件は、マスコミが騒ぎ立てているような、吸血鬼妄想の異常者が起こしている事件じゃない。それは、今の君の質問で判っただろう?」
 犯人は、吸血鬼が嫌う流れる水の中で犯行を起こしているのだ。
「……。でも、犯行は夜だし、シャワーを浴びていたのは、殺された少年だけかも知れない。それに、鏡も見ていないかも知れないし、もし、見ていても――他の全ての面で、吸血鬼らしくない行動を取っていたとしても、ドクター.春名が言ったようなものを怖がらない『別の国の吸血鬼』妄想の人間だったら……」
「――で、君はどうしたいんだ?」
「ぼくは別に……。ただ、犯人が昼間も出歩けて、十字架も何も怖がらないのなら、どんなものが効くのかと……」
「君が納得できないのなら、吸血鬼病の過去の症例を探して来よう」
「……」
 ただでさえ、博士論文の準備で忙しい春名に、そんなことをさせられるはずもない。
 仁は黙って、首を振った。
 もちろん、それで蟠りが消える訳でもない。校門の前で、仁は、はっきりと見たのだ。レオの唇についている朱い血を――。
 だが、それは、レオが言っていたように、刑事としての仕事の時についたものかも知れないし、気にするようなことでもないかも、知れない。第一、彼が血を吸っている、という証拠など何もないのだ。吸血鬼病に取り憑かれている、という根拠もなければ、昼間は眠っている、という、吸血鬼の一般常識にも当てはまらない。
 それでも……。
「ドク――」
 言いかけ、仁はそこで言葉を切った。血が視えたことを話せば、春名は心配をして、博士論文どころではなくなってしまうだろう。
「ん? 何だい、仁くん?」
 言葉の端を耳に留めていたのか、春名が、いつものように、煩わしがらずに、問い返してくれる。
「あの……何でも……。博士論文って、大変?」
「どうせ博士号を取るなら、最高の評価を受けて取りたいだけさ。だから、一切、手は抜かない。何しろ、君も知っての通り、プライドが高いものでね」
「……」
「もちろん、仁くん以外にこんな話は出来ないが」
 苦笑のように、春名は言った。
「……他の人に、一生懸命やってるところを見られるのがイヤだから?」
「ああ。――明日の休日はどこかへ出掛けよう、仁くん。休みを潰してまで机に向かっている、と思われたくない」
 それは多分、本心であったのだろう。そして、仁のことを思っての言葉でもあったに、違いない。春名は、休日は必ず仁の相手をしてくれるのだ。他の家庭の父親や母親がそうであるように――。彼らが、週末は家族と一緒に過ごすように。
 そういう生活スタイルは、勉強に明け暮れている学部生であれ、院生であれ、変わらない。週末は、勉強のことなど忘れて、パーティやコンサートに繰り出すのだ。
 そして、仁もその週末を楽しみにしていた。もちろん、子供らしくもなく春名の心配りを察し、色々と気を遣い、心苦しくも思ったりしていたが、春名は多分、そんな仁の心も知っていて、それでも、仁がそんなことを忘れて過ごせる一時がある、と解っているから、必ず休日を割いてくれるのだ。
「あのね、ドクター.春名」
「ん?」
「今日、ドクター.春名が戻って来るまで、PCを使っててもいい?」
 仁は訊いた。
 学校まで迎えに来ているとはいえ、春名はこのまま一緒に帰宅する訳ではなく、また、大学へと戻って行くのだ。
「ああ。別に構わないが、君が見たいような症例が探せるかどうか……。大学か図書館に行けば、その資料もあるだろうが」
「ううん。ただ行動分析をしたいだけだから……」
「……。納得するまでやればいい。刑事について行くよりは安心だ」
 子供の好奇心の強さを理解するようなその言葉は、同時に、子供を案じる父親のような言葉でもあったかも、知れない。
 結局、親というのは、子供が何をしていようと心配してしまうものなのだ……。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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