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Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 8

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「……。ぼくへの御用は、あの連続殺人事件のことですか?」
 レオの言葉に付き合うでもなく、少し冷めた瞳で、仁は訊いた。
「ん、ああ、知っていたのか」
「ドクター.ニコルズから……」
「まあ、そうだろうな。何しろ、犯人が吸血鬼だ、と騒がれている特種な事件だ。ドクター.ニコルズも、自分の名を上げたいだろうし……それに、彼は、君に犯人を見つける能力がある、と信じているようだ。一度見せた能力を、二度目に使うのは難しくはないと、ね。――もし、君にそんな能力があるのだとしたら、私についている血も見えている、ということになるのだろうが……」
 レオの瞳が、別の色を含んで、止まった。
 仁を、じっ、と見据えている。
「……あなたについている血?」
 仁は、言葉の意味を問うように、顔を上げた。
 真実の言葉は映さず、視えている、とも、視えていない、とも口にせずに――。
「ああ。視えるかい?」
「……」
 レオの問いに、肯定はしなかったが、仁は否定もしなかった。
 レオも、無理やり応えを訊くような真似はせず、
「私も職業柄、血を浴びたことは一度や二度ではない。銃弾を喰らったこともあるし、ナイフで切りつけられたこともある。もちろん、私自身、人を撃ったことがあるし、その結果、死なせてしまったこともある。犯人に撃たれた相棒を、この手に抱き締めたことも……。いや、君に聞かせる話ではなかったな」
 と、唇を歪める。寂しげな眼差しを含む、自嘲であった。
「ぼく……」
「心配しなくてもいい。まだ幼い君を、そんな危険な捜査に付き合わせる積もりはない。ドクター.ニコルズの申し出も断って来たよ」
「……」
「ただ、君に――」
 レオが言いかけた時であった。
 キキ――っ、と高いブレーキ音を立てて、一台の車が脇に止まった。
 運転席から、長身の青年が飛び出して来る。
「仁くん――っ!」
 不審な男に話しかけられている仁を見て、春名が厳しい表情で前に立った。
「来なさい」
 と、仁の腕を強引に引っ張る。
「ドク――」
「来るんだ」
 と、仁の言葉に耳を貸さず、脇に止めた車の中へと、無理やり押し込む。
 レオは何も言わなかった。仁と春名が車に乗り込むのを見て、フッ、と鼻を鳴らして歩き始めた。
 だが、彼は仁に何を言おうとしていたのだろうか。
 それは結局、判らなかった……。




「ドク――」
 遠ざかる校舎とレオを垣間見、仁は、運転席の春名へと視線を向けた。
「彼がまともな人間かどうかは、見れば判る。普通の勤め人が、こんな時間に学校の側をうろついているはずがない」
 春名は、精神科医にあるまじき行為――相手の言葉を聞きもせずに、結論を出した。もちろん、それは、患者でもない男と接するにあたって、別に咎められるような行為ではなかっただろう。
 だが――。
「……刑事だ、って言ってた」
「え……?」
 仁の言葉に、アクセルを踏む足を、少し、浮かせる。
「……刑事?」
「ドクター.ニコルズが呼んで……。でも、あの人はぼくを捜査に使わない、って――。ぼくはドクター.ニコルズが言うような特別な人間じゃなくて、普通の人間だから、って、ドクター.春名と同じことを……」
 仁は、学校の前でのレオの言葉を、春名を前に繰り返した。
 こうなると、春名も、自分のしたことに良心の痛みを感じない訳にも、行かない。
「あーと……悪いことをしたかな」
 と、控えめに言う。
「多分」
 仁は言った。
 普通、あそこまであからさまに変質者扱いされて、気分を害さない人間は、いない。
「だが、あの男も一言、刑事だ、と言えばいいんだ」
「あの状況じゃ、言えないと思う……」
「ん?」
「ううん。――あのね、ドクター.春名。人の血を飲む異常者、って、普段はどんな人間?」
 ただの独り言、というように首を振り、レイクショア・ドライブを走る中、仁は春名を見上げて、問いかけた。
「さあな……。そういうクランケは見たことがない」
「じゃあ、そういう異常行動の原因は? ただ吸血鬼に憧れているだけ?」
「んー……。そうだな。血はもともと人間を興奮させるものだし――。原因は他にも色々と考えられるだろうが、新聞や週刊紙が書き立てているように、自分を吸血鬼だと信じ込んでいる異常者かも知れないし――。もしそうなら、昼間は行動せずに眠っているだろうし……」
「でも、昼間も動ける吸血鬼の話も知ってる」
「んー、そうか。なら、十字架や流れる水を嫌うとか――」
「犯行現場はバス・ルームだ、って新聞に書いてあった」
 流れる水を嫌うのなら、苦手な場所である。


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