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Karte.7 吸血鬼の可不可-血
吸血鬼の可不可-血 7
しおりを挟む校門の前まで来ると、大きな人影が前に立った。授業を終え、春名の迎えを待っていた時のことである。
仁は、小さな体でその人影を見上げ、刹那、瞳を凍りつかせた。
人影は、二五、六歳の青年だった。怜悧に整った面貌と、鍛え抜かれた体躯に相応しい長身をしている。顎の下で切り揃えられた髪も、鋭さを秘める眼差しも、人々の羨望を受けるに充分な麗容だった。
そして、どこか春名に似た雰囲気を持っていた。同じアジア人だから、というのではなく、存在感を形成する何かが似ているのだ。
多分、春名のように傲慢で、プライドも人一倍高いのだろう。それでも、それに見合う中身があるために、決して、見せかけだけの薄っぺらい男には、ならない。そんな感じの青年だった。
「……あなた、だれ?」
仁は、警戒を露に、問いかけた。
その警戒を読み取ったのだろう。――いや、仁が何を視て瞳を凍りつかせたのかに気づいたのかも、知れない。青年は、フッ、と軽く鼻を鳴らし、
「怖がられても当然だな。この犯罪都市シカゴで、刑事という仕事をしていれば、君と同じように、見たくないものや、やりたくないことまで背負うことになる」
と、苦笑のように、唇を歪めた。
「……刑事?」
「ああ。ライオネル・ウォン。皆、レオ、とだけ呼んでいる。君と同じ中国系アメリカ人だ、カイル・レン……いや、同じ故国の人間として、中国名で呼んだ方がいいのかな? ――と、いっても、君に中国名があるのかどうかも知らないんだが」
思いがけず、優しさの籠もった笑みで、レオは言った。それは、まるで、春名が最初に仁に見せた笑みのような――冷たい春名の表情が、その刹那、驚くほど優しく変わった時のような、笑みでもあった。
仁は、少しだけ表情を解いた。多分、同じ中国系、ということもあったのだろう。――いや、やはり春名に似ていたせいだっただろうか。
「仁暁春……。でも、みんなファースト・ネームで――カイルの名前で呼ぶ。姓で呼ぶのはドクター.春名だけで……」
仁くん、と日本の呼び方で仁を呼ぶのは、春名だけなのだ。
以前、情緒障害を起こし、誰とも口を利かなくなっていた頃、仁は、カイル、と呼びかけられても、返事どころか、視線を向けることもしなかった。もちろん、その呼び方が気に入らなかった訳ではなく、誰とも口を利きたくなかっただけのことなのだが。その中、不意に誰かに、仁くん、と呼びかけられたのだ。耳慣れない呼び方と、予期せぬことへの戸惑いに、仁は、その呼びかけの主の方へと視線を向けた。
そこに立っていたのが、春名、だったのだ。
「――では、その特別の呼び方は、彼のために取っておいた方が良さそうだ」
「……」
何故か、そんな小さな心遣いが、仁にはとても、嬉しかった。
仁は、多くの人々がそうするように、はにかんだ。
言葉を続けたのは、レオだった。
「実は、ドクター.ニコルズから、君のことを聞いてね。私にぜひ、会ってもらいたい子供がいると」
その言葉に、仁は再びきつく表情を変えた。
彼――レオが、何の用で来たのかも、解っていた。
「どうやら、私はドクター.ニコルズにだけではなく、君にまで嫌われてしまったようだな」
「……え?」
レオの苦笑に、首を傾げる。
レオは困ったような顔をしている。
「まあ、ドクター.ニコルズに嫌われた原因は、私が彼のことを嫌いで、そのことをはっきりと口に出してしまったせいなんだが……」
と、肩を竦めて、天を仰ぐ。その表情には、どこか子供っぽさが残っていて、見ている仁も、楽しくなった。
多分、笑っていたのだろう。
「ほら、君はそうして笑える」
と、レオが言った。
「……え?」
「君は普通の子とどこも変わらないのに、あの学者は、君を特別なもののように言って、別の部類に振り分けている。人々が昔、魔女や吸血鬼を迫害したように――。ああいう人間を見ると、胸が悪くなる」
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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