可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 5

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「学校に行きたくなければ、行かなくてもいいんだ、仁くん。今の君に必要なことは、学者の話を聞くことでもなければ、テストや実験を受けることでもない。今の学校が嫌なら、転校することも出来る。――考えてみるかい?」
 春名は、うつむくままの仁に、優しく訊いた。
「ぼくが学校をサボったり、転校したりしたら、ドクター.春名が無能扱いされるのに?」
 仁は、春名のプライドの高さを知るように、真摯な瞳で問い返した。
「無能な学者に、無能な医者扱いされたところで、堪えはしないさ。僕は、君をあの学者たちと打ち解けさせるために治療セラピーをしている訳じゃない。あんな学者たちのために、心を閉ざして欲しくないからだ」
「……。でも、ぼくが学校をサボって、ドクター.春名が無能な医者扱いされたら、ぼくの主治医も他の精神科医ひとに替えられるから……。それに、転校するより、早く卒業した方がいいから……。だから、ちゃんと学校に行く」
「まあ、さっさと卒業してしまうのが一番いい方法ではあるな。来年は仁くんも高校生だ。どこのハイスクールに行くかも決めておかないとな」
 春名は、煙草を銜えて、火を点けた。
「ぼく、高校に行かなくても――」
「君の年では働き口も見つからない。もちろん、学者たちの望む方向へ進むのなら、君を使いたがる機関はいくらでもあるだろうが」
「……」
「何度も言ったように、君一人、高校、大学へ行かせることくらいは、僕にも出来る。それに、君のお母さんも戻って来るかも知れないし」
 と、吸い込んだ紫煙を、白く吐き出す。
「かーさんは……かーさんは、きっと戻って来ない……。かーさんは、ぼくのことが気味悪くて……」
「僕に同じ治療を二度もさせる積もりかい、仁くん?」
「……」
「君は普通の賢い子だ。ただ、他人ひとよりもほんの少し大きな翼を持って生まれ、ヒナの内にその翼の使い方を覚えてしまったために、君のお母さんは戸惑ってしまった。君はそのことで自分を追い詰めてはいけないし、自分を否定してもいけない。そして、君が頼る人間は、この僕だ。それを忘れないでいればいい」
 母親に捨てられ、一人になってしまった仁が、唯一頼れる人間……。そして、信頼出来る人間――。春名は、そういう存在でなくてはならないのだ。
 他の子供が、そうして両親を見て育って行くように――。
 両親に愛されて成長して行くように――。
 親が子供に対して持つ無償の愛情さえも信じられなくなってしまった子供は、何より、不憫だ……。




 教室には、十二、三人の生徒たちがいた。年齢も、肌の色もバラバラで、同じもの、といえば、誰もが高い知能を持ち、普通の人間には持ち得ない、1=1+αの能力を有している、ということであっただろう。
 教室の正面には、大きな鏡がある。教室にいる生徒たちから見ればただの鏡だが、その向こう側に立つ人間から見れば、教室を観察できるマジック・ミラーになっている。いつも、色々な大人たちが、そこから授業風景を観察しているのだ。うさん臭い学者や、諸機関の人間……わけの判らない連中も、大勢いる。
 USAでは、この教室に集まっている子供たちのような能力者を育て、諸機関に組み込むことは、当たり前になっているのだ。犯罪捜査に使われたり、政府の重要な任務に加えられたりすることも、珍しくない。
 今も、そのマジック・ミラーの向こう側には、二人の大人が立っていた。
 一人は、禿げ上がった頭に、口ひげを生やす、四十代後半の学者である。細身で、丸いメガネを掛けている。
 生徒たちは、ドクター.ニコルズ、と呼んでいる。
 もう一人は、二五、六歳の青年であった。黒い髪を顎の下で切り揃え、怜悧な面貌に相応しい瞳で、教室の中を覗いている。アジア系、だろう。
「あの子ですか。あなたがおっしゃっていた、血がえる子供、というのは」
 マジック・ミラーの向こうにいる生徒たちの中でも、幼い部類に入る一人の子供を見つめて、青年は言った。
「ええ。彼はIQも高く、どの生徒よりも素晴らしい能力を秘めている。それで、小学校の時に、この学校に引き抜いて来たのですよ。色々なテストや実験でも、彼の能力は証明されています。今は、ESPカードのような簡単なテストにさえ応じてはくれませんが……」
「応じてくれない? それはどういうことです、ドクター.ニコルズ?」
 学者の言葉に、青年は瞳を細めて問い返した。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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