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Karte.7 吸血鬼の可不可-血

吸血鬼の可不可-血 3

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【また一人、吸血鬼の犠牲者】
《美少年連続殺人犯の異常な行動――。ミシガン・レイクを臨むメイフェア・リージェントで、また一人の少年の遺体が発見され……今までの犠牲者と同じように、性行為の後、カミソリで喉を掻き切られ……少年の喉に付着していた唾液から、心理学者や精神分析学者たちは……》


「コーヒーをくれないか、仁くん。パンはいい。コーヒーだけだ」
 レイクショア・ドライブに沿い、かつてゴールド・コーストと呼ばれた、湖を臨む地に建つ高層のコンドミニアムの一室で、春名は、新聞を広げる幼い子供に、声をかけた。
 その言葉からしても、春名が今起きたばかりであることと、かなり急いでいることが、容易に知り得る。
 彼は、名門シカゴ大学に籍を置く青年で、現在、博士課程に在籍している。実用的なMD(Medical Doctor 医学博士)を得るためではなく、学者としての博士号を得るためである。
 精神科医サイキアリストで、精神分析学者サイコアナリストたるための。
 何故、アメリカ人がこれほど精神分析に凝っているのかは解らないが、今のアメリカ社会において、シュリンク(精神分析医のあだ名)は、扱い難い問題を巧みに処理してくれる、という、極めて重要な役割を果たしている人材であることは間違いない。
 もちろん、シュリンクに良い印象を持たない人間も、多い。
 第一、シュリンクというそのあだ名も、人の首を切って、その頭を小さくして持っている蛮族、ヘッド・シュリンカーから来ている、というのだから、無理もない。『頭をいじり回して変形させる』ということが、そのあだ名の由来である。
 だが、春名は、その蛮族とは似ても似つかない、秀麗な面貌の青年であった。まだ二十代半ばの若い日本人青年だが、知識も腕も充分に備え、学内でも目立つ存在である。もちろん、それは、彼の冷たさすら漂う怜悧な容姿のためでもあっただろう。長身に相応しい鍛えられた体躯も、危険な魅力を放つ瞳も、女たちを虜にして止まない理由の一つなのだ。
 雰囲気、とでもいえばいいのだろうか。特別な人間にしか持ち得ない、そんな不思議な雰囲気が、彼にはある。
 そして、シンプルなダイニングで、オレンジ・ジュースとパンを片手に、新聞を広げている八、九歳の幼子は、さっき、春名が呼んだ通り、レン、といった。
 きれい、と形容できるほどの面貌をし、ハッ、とするほどの愛らしさを備えている。どこか大人びた雰囲気を持ち、他の子供とは違う何かを混在させるその容貌は、春名ともまた違った存在感で、子供らしからぬ麗容を備えていた。
 彼は、その幼さですでに中学生であり、来年には、高校への進学も考えている、という天才児である。――いや、今の学力でも高校進学は可能だろうが、当人があまり学校へ行きたがらないのだから、仕方がない。
「どうして起こしてくれなかったんだっ、仁くん? 今日は学校に行くと言っていただろう? それとも、また行きたくなくなったのか?」
 ハンガーに吊るしてある服に袖を通しながら、春名は、コーヒーを入れる仁の背中に問いかけた。
 コーヒーだけでなく、吊るしてある服も、毎朝、仁が用意してくれているもので、朝食も――大抵は外で取るが、今日のように寝過ごした日は、仁がパンを用意してくれている。――いや、春名が起きない以上、外に食べに行けないので、必然的にそうしているのだ。
 何しろ、春名の部屋には台所用品が何もない。料理を作ったことなどないのだから当然だが、唯一あるのが、コーヒー・メーカーだ、というのだから、幼い子供には不便極まりない。そのコーヒー・メーカーも、朝のため、というよりは、夜、春名が勉強をする時のためのもので、こうして朝に使うことは、滅多にない。
 男の一人暮らし――いや、二人暮らしの中では、仕方のないことである。
「ぼく、一人で学校に行けるから……」
 コーヒーをテーブルに運び、うつむきがちに、仁は言った。どこか、申し分けなさそうな口調であることは、精神科医でなくとも解っただろう。
「もちろん君は、学校どころか、海外にだって一人で行けるだろうが、この街で、子供を一人で学校に行かせる親なんかどこにもいない。ただでさえ危険な街なのに、その上、物騒な事件が続いているんだ。一人で出歩かせる訳には行かない」
 ボストンやサンフランシスコなら、故郷に出来る。――だが、シカゴを故郷にすることは出来ない。――そう書く作家もいるほどの街なのだ。ここは、流れ者たちの乗り換え地点であり、そんな流れ者やギャングたちの猥雑性が、シカゴの魅力にも、なっている。
「でも、ドクター.春名は、博士論文の準備で大変で、毎晩遅くまで起きて――。それなのに、ぼくの送り迎えまでしてたら……」
「ぼくが、君の送り迎えくらいで、博士号を取れなくなるとでも?」
「……」
「そんなちっぽけな人間ではないさ。それよりも、君を一人で出歩かせることの方が余計に心配で、博士論文に手がつかなくなる。――そうだろう?」
 春名は、優しい眼差しで、問いかけた。
「ぼくは……ぼくが、ドクター.春名のクランケだから――。だから、心配?」
 大きな瞳が、持ち上がった。
「ハッ。君がぼくのクランケであろうと、なかろうと、心配は心配だ。何しろ、君は私の一番の自慢だ。そして、今はいいパートナーだ」
 その言葉に、仁の頬が、嬉しそうに、ポッ、と染まった。この辺りは、愛らしい普通の子供である。


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