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Karte.6 不老の可不可-眠り

不老の可不可-眠り 10

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『――どうしたんだ、仁くん?』
『……』
『黙っていては解らないだろう? 君らしくもない』
『……さんが……ない』
『――ん?』
『家に……かーさんがいない……』
『いない?』
『昨日から、いない……』
『……。そうか。じゃあ、お母さんが戻って来るまで、ぼくのコンドミニアムに来ればいい』
『……ドクターの?』
『ああ』
『……かーさんが戻って来なかったら?』
『戻って来るさ』
『……』
『もし、戻って来なければ、ずっと一緒にいればいい』
『……ずっと?』
『ああ』
 ああ……。



 ずっと……。そう言ったのだ、春名は。確かにあの日、そう言った。
 だが、今の春名は、その春名ではない。もうその言葉も覚えては、いない。
 行く当てもなく、廊下を漂い、階段の前まで来た時だった。
「どこへ行くつもりだ?」
 階下から、ニコライがきつい口調で言葉を向けた。
「どこって……」
 応えようのない問いかけだった。もう、行く当てなどないのだから、今の仁には。
「部屋を勝手に覗き回るなと言ったはずだ」
「ぼくは覗き回ったりなんか――っ」
「では、どこへ行くつもりだったんだ」
 仁と同じ位置まで階段を上がり、ニコライは、グイ、と仁の腕をつかみ取った。
「やめ……っ」
「言え! 何をコソコソと――」
「放せ――っ!」
 一方的なニコライの言葉に、仁は憤りを打付けて、手を振り払った。
「あなたにこんな扱いを受ける覚えはない。ぼくは森に出ようとしただけだ。――ぼくを部屋に閉じ込めておくつもりだと言うんですか」
「……」
 ニコライの表情から、険しさが消えた。
 仁は、その表情を見据え返し、フイ、と脇を擦り抜けた。そして、ホールへの階段を駆け降りる。
 刹那――。
「走るんじゃないっ、エリザベータ!」
 ニコライが目を見開いて、言葉を放った。
 咄嗟に口から出てしまったのか、呼びかける名前が違っている。
 階上のニコライを振り返ると、そこには、瞳を震わせて立つニコライの姿があった。まるで、階段を転げ落ちる仁の姿を見たかのように――。
「エリザベータ? 誰のこと?」
 仁は、階段の途中から、ニコライを見上げた。
 ニコライの表情が、ハッ、と変わる。
 視線を散らし、しばらく唇を結んでから、無言で廊下の奥へと翻った。そして、一つの部屋へと姿を消した。
 エリザベータ……。それは誰のことなのだろうか。
『部屋を勝手に覗き回るなと言ったはずだ』
 部屋を……。他にも誰か人が住んでいるのだろうか。エリザベータ、という名前からしても女性だろうが……といって、その女性を人目から隠すような真似をする理由も見当たらない。
 嵐の止んだその森は、見違えるような美しい姿に変貌していた……。


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