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Karte.6 不老の可不可-眠り

不老の可不可-眠り 6

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 森の城に棲む伯爵……。美女の血を吸う吸血鬼というよりも、この森の精霊、狼の牧者、というような、神秘的な雰囲気と容貌を持つ青年。
 彼は、ずっとこの城で暮らしているのだろうか。こんな寂しい場所で……。
 仁は、春名の方を振り返り、ベッドの傍らにある椅子に、腰を下ろした。冬の長い北国の人が好みそうな、くつろぎ易い椅子である。
 長い雪に、家に籠もる時間が長い彼らは、室内の装飾や家具に凝るのだろう。特に、こんな森の奥では……。
 大きなベッドに眠る春名の姿は、魔法使いの呪いにかけられた王のようでもある。
 仁は、その眠りを見守るように、ただ黙って、側に寄り添っていた。
 しばらくすると、ニコライが、カニヤークと、簡単な食事を乗せたワゴンを押して、戻って来た。
「何か口に入れるといい。彼が目を醒ましたら、彼にも」
ありがとうスパシーヴァ……」
 仁は、グラスに注がれたカニヤークを受け取り、礼を言った。
「風呂もすぐに入れる」
「まだ……。彼が目を醒ましてからで」
 視線を逸らして、受け応える。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ」
 ニコライは、春名の容体を見ながら、軽く言った。
 頭部の傷は他の部位に比べて出血が多く、大けがに見えるが、脈も呼吸も正常の範囲で安定している。
 ――大丈夫……。
「あなたには解らない……。ぼくは、あなたが思っている以上に、彼を心配している」
 思ったよりも、静かで、冷たい言葉になってしまった。
 ニコライの瞳が、その視線に射竦められるように、刹那、戸惑う。
「君たちは、そういう……チャイコフスキーのような、恋人同士なのか?」
 ――恋人……。
「そんな言葉で説明出来るのなら、あなたにそう言っている」
「――」
「彼は……。ぼくは、彼のところ以外、行くところがない……」
 稲妻よりも白い息が、唇から零れた。
「……。それは、物理的な意味で? それとも精神的な――」
 ニコライが言いかけた時、ベッドの中から、低い呻きが零れ落ちた。
 仁は、ハッ、として春名の方を振り返った。
「先生っ。気がついたんですか、先生っ」
 と、毛布の中に呼びかける。
 春名がゆっくりと、瞳を、開いた。
「先生……。良かった。まだ動かないでください。頭を強く打っているんです」
 安堵を灯して、表情を緩める。それは、魔女の呪いから解き放たれた姫君を見るのにも似た、至福、であっただろうか。
 春名の瞳が、戸惑うように、ゆっくりと部屋の中を見渡した。それも当然のことだろう。ここは、春名が見たこともない場所なのだ。
 だが、その春名の口から零れた言葉は、思いもかけないものだった。
「君は……?」
 と、仁に訊いた。ニコライではなく、仁を見上げてそう言ったのだ。
「……え?」
 雷鳴が、森を、揺るがせた。
 仁には、その言葉の意味を理解することが、出来なかった。
「先生?」
「君は……誰だ? ここは……」
 春名はベッドの上に体を起こし、見慣れない部屋と人物に、戸惑っている。
「先生……? 何を言って……」
「俺は、どうしてこんなところに……? 俺は……。俺は……誰だ?」
「――」
 仁は、春名の言葉に目を瞠った。
 呼吸が止まりそうになる刹那でも、あった。
「俺は……一体……」
「先生っ。しっかりしてくださいっ」
 と、すがりついて、言葉を放つ。


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