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Karte.6 不老の可不可-眠り

不老の可不可-眠り 3

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 どんよりとした空に、白い閃光が閃いた。
 蒼く浮かび上がる稲妻に、大地を揺るがすような雷鳴が、重々しい響きで森を圧する。
 そのいかづちは、二人の前方の樹を、真っ二つに引き裂いた。
 目の前に堕ちたのだ。それだけではない。引き裂かれた樹の半分が、恐ろしい音を立てて、道の前方へと傾いた。
「先生――っ」
 仁は、雷に引き裂かれた樹が倒れて来るのを見て、言葉を放った。
 車のすぐ正面である。止まらなければ、車が下敷きになることは、間違いない。
 春名も、目を瞠って、ブレーキを踏む。
 スピードはそう出ていた訳では、ない。
 だが、その落雷は、余りにも突然で、近すぎた。
「伏せろ――っ!」
 と、言葉と同時に、仁の上に覆い被さる。
「く――っ!」
 激しい衝撃が駆け抜けた。
 フロント・ガラスが砕け散り、ボンネットの上に、陰が落ちる。
 倒れた樹は、車のフロントを押し潰し、黒い煙を上げていた。
 車の中に、激しい雨が降り注ぐ。
 そのショックも収まり、雨の音だけになった時、仁は恐る恐る顔を上げた。上には、春名がかばうようにして――いや、事実、かばって倒れている。その額と体は、雨と赤い血に染まっていた。自身の体を守ることもせずに、仁の前に身を投げ出したのだ。
「……先生?」
 仁は、呟くような声で、呼びかけた。
「仁……くん……。怪我……は……」
 春名がゆっくりと瞳を開く。
「ぼくは大丈夫です。先生のお陰で、どこも。先生こそ酷い怪我で。今、シートを――」
「無事……良か……た……」
 安堵のような笑みを見せ、春名は眠るように瞳を閉じた。
 ――え?
「先生? どうしたんですか、先生? ――春名先生?」
「……」
 返事は何も返らない。
「先生……? せ……。先生――――っ!」
 森の中に、悲痛な叫びが響き渡った。その森が叫ばせたような、痛ましい叫びでもあった。
 冷たく叩きつける激しい雨。
 樹木を押し潰すような暗い空。
 唸り声のような強い風。
 空を引き裂く白い閃光。
 その全てを、叫びが貫く。
「先生……。しっかりしてください、先生。目を開けてくださいっ。――先生っ。春名先生!」
 進むことも、戻ることも出来ない異国の森は、一人で残されるには、余りにも寂しく、恐ろし過ぎる場所であった。
 仁は、ぐったりとする春名を見ながら、震える声で、何度も何度も呼びかけた。
 血に染まって倒れる春名は、返事もせず、目を開くこともなく、意識を閉ざしたままで眠っている。
「先生……。せ……。目を……。先生……。目を……」
 吹き付ける雨は、体を冷たく流れ伝った。
 それは、短い夏によく似合う、凍えるような雨であった……。


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