105 / 350
Karte.6 不老の可不可-眠り
不老の可不可-眠り 3
しおりを挟むどんよりとした空に、白い閃光が閃いた。
蒼く浮かび上がる稲妻に、大地を揺るがすような雷鳴が、重々しい響きで森を圧する。
その雷は、二人の前方の樹を、真っ二つに引き裂いた。
目の前に堕ちたのだ。それだけではない。引き裂かれた樹の半分が、恐ろしい音を立てて、道の前方へと傾いた。
「先生――っ」
仁は、雷に引き裂かれた樹が倒れて来るのを見て、言葉を放った。
車のすぐ正面である。止まらなければ、車が下敷きになることは、間違いない。
春名も、目を瞠って、ブレーキを踏む。
スピードはそう出ていた訳では、ない。
だが、その落雷は、余りにも突然で、近すぎた。
「伏せろ――っ!」
と、言葉と同時に、仁の上に覆い被さる。
「く――っ!」
激しい衝撃が駆け抜けた。
フロント・ガラスが砕け散り、ボンネットの上に、陰が落ちる。
倒れた樹は、車のフロントを押し潰し、黒い煙を上げていた。
車の中に、激しい雨が降り注ぐ。
そのショックも収まり、雨の音だけになった時、仁は恐る恐る顔を上げた。上には、春名がかばうようにして――いや、事実、かばって倒れている。その額と体は、雨と赤い血に染まっていた。自身の体を守ることもせずに、仁の前に身を投げ出したのだ。
「……先生?」
仁は、呟くような声で、呼びかけた。
「仁……くん……。怪我……は……」
春名がゆっくりと瞳を開く。
「ぼくは大丈夫です。先生のお陰で、どこも。先生こそ酷い怪我で。今、シートを――」
「無事……良か……た……」
安堵のような笑みを見せ、春名は眠るように瞳を閉じた。
――え?
「先生? どうしたんですか、先生? ――春名先生?」
「……」
返事は何も返らない。
「先生……? せ……。先生――――っ!」
森の中に、悲痛な叫びが響き渡った。その森が叫ばせたような、痛ましい叫びでもあった。
冷たく叩きつける激しい雨。
樹木を押し潰すような暗い空。
唸り声のような強い風。
空を引き裂く白い閃光。
その全てを、叫びが貫く。
「先生……。しっかりしてください、先生。目を開けてくださいっ。――先生っ。春名先生!」
進むことも、戻ることも出来ない異国の森は、一人で残されるには、余りにも寂しく、恐ろし過ぎる場所であった。
仁は、ぐったりとする春名を見ながら、震える声で、何度も何度も呼びかけた。
血に染まって倒れる春名は、返事もせず、目を開くこともなく、意識を閉ざしたままで眠っている。
「先生……。せ……。目を……。先生……。目を……」
吹き付ける雨は、体を冷たく流れ伝った。
それは、短い夏によく似合う、凍えるような雨であった……。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる