104 / 350
Karte.6 不老の可不可-眠り
不老の可不可-眠り 2
しおりを挟む「今回は諦めるか」
車の窓に吹き付ける雨に、春名は仕方なく車を迂回させた。
この嵐では、観光という気分でもない。もちろん、そう度々来ることが出来る訳ではないのだから、残念なことは残念だが……。
そんな思いを抱えて道を辿っていると、いつの間にか、前を走る車は一台もなくなっていた。テール・ランプも、対向車線を走る車のヘッド・ライトもなにもない。
嵐の日に出歩く物好きもいないらしい。
だが、道はいつしか上り坂になり、辺りは樹木が生い茂る森となり……とくれば、嵐のせいには出来ない。
「先生、ぼくにはこの道がレニングラード街道には見えませんけど……」
仁は、嵐に鬱蒼とした森を横目に、不安を灯して口を開いた。
「そういう厭味な言い方をしなくてもいいだろう。その内出るさ」
春名の気楽な返答に、
「だといいですけど……」
狭くなって行く道幅は、とてもそうは思えない。
「心配するな。勘はいい方だ」
「勘って――。土地勘のない場所で、そんないい加減なっ」
「Ничего(何とかなるさ)、だよ」
「何が『Ничего』ですかっ。こんな時にそんな呑気な言葉を――。完全に迷ってるんじゃないですかっ」
「Хорошо」
「『Хорошо』じゃないですよっ」
「ほら、言っている間に標識を探してくれないか?」
春名は、仁の言葉を遮るように、嵐の中へと目を凝らした。
「この雨でどうやって探すんですかっ。もし、あったとしても、きっと、『狼に注意』の標識くらいですよ」
「スラヴ民話じゃあるまいし――。死者の魂は狼となって復活する、ってか? こんなところで吸血鬼伝説は似合い過ぎるからやめてくれ」
「……。この森なら、きっと出ますよ」
嵐に閉ざされた暗い森。
轟く雷鳴と、蒼い稲妻。
スラブの『人狼伝説』の似合う森。
昔、呪術師は狼に変身出来たという。或いは、呪術師によって狼に変えられた人間がいたと。
ロシアやポーランドでは、婚礼の場で、新郎新婦、出席者の全員が狼に変えられた、という民話が広く分布し、東スラヴでは、狼に変身したことのある人間、または罪人が吸血鬼になる、と考えられていた。罪を犯した人間は、母なる大地が受け入れてくれず、土に還れずに彷徨い歩くと……。
だが、酷寒の北国ロシアでは、土葬された死体が腐らないことは充分に考えられるし、不思議ではない。
「先生、また道が細くなりましたよ」
一方を断崖に塞がれる道を見て、仁は言った。
樹木だけでなく、苔の生した岩肌のせいで、余計に圧迫感を感じるのだ。雷鳴の轟く暗い森は、不気味としか言いようがない。
「今日は満月じゃないでしょうね?」
その言葉に、
「三十半ばにもなって、吸血鬼狩りの気分を味あわせてもらえるとは、嬉しい限りだ」
春名が薄く瞳を細める。
もちろん、仁は、ムッ、として、
「ぼくが悪いって言うんですかっ。ぼくは、ロシアがいいかドイツがいいか、先生にちゃんと訊いたじゃないですか! そうしたら先生が『せっかくチャイコフスキーも没一二〇年を迎えたことだから、ロシアに行こう』とか言って――。だからぼくは――」
「はいはい。私が悪うございました」
ものすごくムカつく態度である。
「……」
仁は、キュっと唇を噛みしめた。
「――泣くことはないだろう?」
「泣いてませんっ!」
言い合いをしている内にも、森はさらに鬱蒼とし、道は細く悪くなって行く。Uターンを出来る場所もなく、どこかの町に出そうな気配も、全く、ない。
「先生、ぼくが運転しますよ。ずっと先生ばっかり……」
「免許も持っていないくせに何を言っているんだ」
「この森のどこに警官がいるって言うんですか」
「心配するな。疲れてはいない。――それに、道があるならその内どこかへ出るさ」
この状況で、軽く請け負える気楽さが、羨ましい。
もちろん、仁はそこまで楽観できず、
「……。吸血鬼城ですか?」
「クックッ。この辺りなら、名門貴族の城か、別荘の方がまだ現実的だ」
「……」
嵐の森は、その言葉が現実的とは、思えなかった。――いや、暗い嵐でなければ、この森も美しく輝く緑豊かな光の地なのだろうが……。
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


フリー台詞・台本集
小夜時雨
ライト文芸
フリーの台詞や台本を置いています。ご自由にお使いください。
人称を変えたり、語尾を変えるなどOKです。
題名の横に、構成人数や男女といった表示がありますが、一人二役でも、男二人、女二人、など好きなように組み合わせてもらっても構いません。
また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。
※二次配布や自作発言は禁止ですのでお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる