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Karte.5 多重人格の可不可-交代
多重人格の可不可-交代 7
しおりを挟む多重人格には、三つのタイプがある。
片岡正也とセイヤのような『交代性』の人格障害――。『二重人格』と呼ばれる多くは、このケースである。
後の二つは『塊状性』と『同時性』
二つの人格が同時に出現する『同時性多重人格』はごく稀だ。
そして、『交代性多重人格』にも、さらに三つのタイプがある。
一つは、『第一人格』と『第二人格』の双方が、お互いに相手を全く知らないケース。
もう一つは、『第一人格』と『第二人格』の双方が、お互いに相手の存在を知っているケース。
残る一つは、片岡正也とセイヤのように、一方は他方を知っているが、他方は全く知らないケース。
知らないからこそ、正也は春名のところへ、仁の鍵を届けに来たのだ。
「彼奴が鍵を届けに行った時、あんたは気づいていないようだったが――。あれは正也の後を付けるための芝居かい?」
セイヤが訊く。
「いや。彼が多重人格だとは全く知らなかったし、気づきもしなかった。ただ、彼が大学時代に多重人格と分裂病を題材に『他者=他性』というテーマを扱っていたのを思い出したんだ。分裂病や多重人格の精神医学の分野だけでなく、文学や宗教を絡めての『分身』についての研究だ。あらゆる文学者の名前が飛び出し、あらゆる宗教の『影』や『分身』、『憑依』の類例を上げ、内容は充分に称賛を浴びるものだった」
「クックッ。称賛、か。まじめにコツコツと勉強をし、俺のことも知らずに『多重人格』の研究にのめり込み。幸せな奴だ」
そのセイヤの言葉に、春名は再び目を瞠った。
その言葉の通りなら、セイヤは大学時代から、正也と交代に存在していた、ということになる。
「君は一体いつから人格を……。片岡博士は――君の父親は、君の異常に全く気がつかなかったのか?」
と、愕然としたまま問いかける。
医学博士として名を掲げる片岡博士が側に在りながら、息子の異常に全く気がつかないなど……。
「父親? ハッ! 医者が賢明だと信じていないのは、あんたじゃなかったのかい、ドクター.春名」
皮肉のように春名を見据え、セイヤは全てを見透かす口調で、そう言った。――いや、彼は全てを知っている、のだ。
「――。仁くんに催眠術を……」
「クックッ。あんたと、こいつのことは、何でも知っているさ。きっと、本人以上に」
「……」
本人以上に……。無意識をかき回し、表に出し、そうして人格を破壊したのだ。誰もが他人に見られたくない部分を――知られたくない秘密を、表にさらして、傷つけた。
春名は、セイヤの言葉に、きつく爪を握り締めた。
勤勉でオドオドした『第一人格』の正也と、自信に満ちあふれた『第二人格』のセイヤ。
彼は、自分たる他者――。
そして、法律で彼らを裁くことは、出来ない……。
「あんたにも、もう一人の自分を見せてやろうか? あんたが抑さえ付けて来た『他者』を。決して自分の前には姿を現すことのない『他性』を」
「……。それが片岡正也の研究か」
「俺の研究だ。人が直視することの出来ないもう一人の自分――。或いは、複数の自分。それを直視した時の『第一人格』……。この少年は、実に興味深い研究対象だ」
そう言って、セイヤは仁へと手を伸ばした。
「仁くんに触るな!」
掴んだ腕を、へし折ってやりたいほどの憤りが込み上げた。
「彼はあんたのモノかい?」
「ああ、そうだ」
「――」
揺るぎのない春名の言葉に、セイヤの瞳が刹那、揺れた。――いや、彼だけでなく、春名のその自信に満ち溢れた言葉を聴けば、誰もが言葉に詰まっただろう。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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