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Karte.5 多重人格の可不可-交代
多重人格の可不可-交代 6
しおりを挟むベッドの上に上半身を起こし、セイヤは煙草を銜えて火を点けた。
傍らには、華奢な少年が、露わな素肌を覗かせたまま、俯せに茫と横たわっている。眠っている訳では、ない。瞳は何を見るでもなく、放心するように開いている。
「弟、か。――ハッ」
思い出すように軽く笑い、セイヤは煙草の煙を吐き出した。
「彼奴も余計なことをしてくれる。――まァ、俺が君の鍵をうっかりポケットに入れたのが悪かったんだが。――なあ、『レンくん』?」
と、茫とする仁の瞳を見据えて、言う。
仁はただ黙って、全く変わらない表情で、虚空だけを眺めていた。まるで、セイヤの声など聞こえていないように。
虚ろな瞳で素肌にシーツを絡ませるその姿は、何の表情も見当たらなかった。
「この一週間余り、あの男は必死で君を探しているよ、仁。正也の口からも、君の居場所を訊き出すことは出来なかったようだし――。フッ。訊き出そうにも、正也は俺のことも君のことも全く知らないが。所詮、勉強するしか能のない奴だ。女とも男とも寝たことがないのさ」
見下すような口調で言うと、セイヤは仁の唇にキスを重ねた。
仁は拒みもせず、唇を割る舌を受け入れている。肢体を這う指先にも、一向に抗いを示さない。
部屋の呼び鈴が鳴ったのは、セイヤが灰皿に煙草を押し潰した時だった。
だが、こんな時間に誰が来た、というのだろうか。
セイヤは訝しい思いで眉を寄せた。
また、呼び鈴が鳴った。
すでに夜中――。
素肌にガウンを羽織り、ドアの向こうをのぞき見る。
そこには、春名が立っていた。
セイヤは、嘲笑のように鼻を鳴らした。
「君の保護者が迎えに来たようだ」
と、奥のベッドに眠る仁へと、声をかける。そして、ためらいもなく、ドアを開いた。
「どうぞ」
と、春名を部屋へと迎え入れる。
「仁くんを返してもらう」
春名は厳しい口調で、セイヤを見据えた。
「なるほど」
セイヤは少し眉を持ち上げ、
「差し詰め、正也の後でも付けていた、というところかい?」
「仁くんを出せ」
刺すような瞳で、春名は言った。
「フンッ。彼ならベッドにいるさ。帰る気にはならないだろうが」
セイヤは皮肉な眼差しで翻り、仁の眠るベッドへ足を向けた。
春名もすぐに後を追う。
仁はさっきのまま、ベッドに肌をのぞかせて、虚空を見つめて横たわっている。春名が来たことにも気づいていない様子である。
その仁を前に、春名は戸惑いながら、口を開いた。
「仁くん……?」
「君の保護者気取りの男が迎えに来たよ、仁。――一緒に帰りたいかい?」
ベッドの端に腰を降ろすセイヤの問いにも、
「……」
仁は何も応えない。無反応のまま、横たわっている。
様子がおかしいことは、すぐに判った。
「彼に何をした? 仁くんに何を――。彼の『人格』をどうしたっ!」
春名は、ベッドに腰掛けるセイヤへと、激しい口調で詰め寄った。
今の仁は、仁たる第一人格ではなく、己を失くしてしまった――或いは、他者に変えられてしまった、仁なのだ。
セイヤが唇の端を持ち上げる。
「……消したのか? 仁くんの『人格』を――。彼たる『第一人格』を――。彼を『他者』に変えたのか! 応えろっ、片岡正也!」
同じ人間でありながら、確かに違う人格――。
「片岡正也、か。あんな奴の名前で呼ぶのはやめてもらいたいな」
セイヤが、天を仰いで、肩を竦める。
その言葉に、春名はわずかに瞳を細めた。
「君は彼のことを知っているのか?」
「ああ。彼奴のことも、その前の俺のこともよく覚えているよ。『交代性多重人格』の中でも、一方通行の症例だ。正也は二、三分間の嗜眠状態を境に、俺――セイヤになる」
淡々とした口調で、セイヤは言った。自分自身の異常を、誰よりもよく知っているのだ、彼は。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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