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Karte.5 多重人格の可不可-交代

多重人格の可不可-交代 4

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 しばらくすると、部屋にコーヒーの匂いが漂い始めた。
 春名は窓の外へと視線を向け、そこに仁の姿を映すように、口を開いた。
「……あの子は、気が強そうに見えるが、誰よりも繊細で脆い子なんだ……。いくらIQが高くても、大人以上に何でも出来ても、まだたった十七、八歳の子供なんだ……」
「……」
「俺が初めて仁くんに会った時、彼は誰とも口を利かなくなっていた。学者たちの様々なテスト、大人たちの特別視、子供たちの異端視……彼の能力を気味悪がる母親」
「――能力?」
「誰もが寄ってたかって彼を追い詰めた。感受性豊かな幼い子供を、モルモットと同じように扱い、傷つけ――。マジック・ミラーをはめ込んだ教室の中で、俺が、PCを打つ彼の前に立つと、彼はバカにした顔で俺を見上げた。そして、冷めた瞳で完璧なプログラムを作り上げた……。モルモットはあんな目はしない。あんな目をするのは、傷つき易い子供だけだ……」
 薄い雲が光を遮り、地上の影を朧にする。
 笙子は、春名の口から零れる言葉に目を見開き、何を訊いていいのかも解らず、戸惑っていた。そして、
「レンくんって一体――」
 そう問いかけようとした時、玄関の呼び鈴が部屋に渡った。
 刹那、空気が静まり返る。
 春名はハッとして窓の側から翻り、玄関へと足を向けた。
 笙子も急いで、後に続く。
「仁くん――っ」
 ドアを開く――と、そこに立っていたのは仁ではなく、全くの別人だった。
「君は……」
 落胆と戸惑いを浮かべながら、春名は目の前に立つ片岡正也を茫然と見つめた。
「すみません、突然……」
 オドオドと、所在無げに、片岡正也が言う。
「――お客様?」
 笙子が訊いた。
「あ、ぼく――。すみません、お邪魔する積もりは……っ」
 春名の後ろから姿を見せた笙子に、正也が慌てるように視線を伏せた。
「電話を掛けてから、と思ったんですけど、病院で訊いた春名先輩の電話番号を失くしてしまって――。もう一度病院に訊き直すのも……。いつもこんな風で……」
 と、恥じ入るように、小さく言う。
「いや。――ぼくに何か?」
 春名は、可哀想なほどの気の小ささに表情を緩め、彼が来た理由を問いかけた。
「え、あ、はい。あの、これ――」
 正也がポケットの中から不器用な動作でカード型の鍵を取り出し――取り出そうと苦戦しながら、
「たっ、多分、この間、図書館で本を拾ってもらった時に、ぼくのポケットに紛れ込んだんじゃないか、と――。部屋のクロゼットの前に落ちていて、今日、気がついて。鍵を失くして困っておられるだろうと……。ぼくがもっと早く気がつけば良かったんですけど……」
 と、まだ取り出せずに、言葉を続ける。
 春名はその言葉に眉を寄せた。
「勘違いだろう。ぼくは鍵を失くした覚えはない」
「え? でも……。春名先輩の名前が……」
 正也はやっと取り出せた鍵を示し、丁寧に刻まれたその名前を、春名に見せた。
 カードには、確かに『HARUNA』の名前が刻まれている。
 だが、それは――。
 春名はその鍵を見て、目を瞠った。それは春名の鍵ではないが、確かにこの部屋の鍵だったのだ。
「どうしてこの鍵を君が?」
「え……?」
「これは仁くんの――。この鍵はどこで? どこで仁くんに会ったんだ?」
 春名は早口に言葉を並べた。
「あの……」
 正也は、きょとん、と首を傾げている。


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