可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

文字の大きさ
上 下
91 / 350
Karte.4 児童精神医学の可不可-他人

児童精神医学の可不可-他人 22

しおりを挟む
 もし――。もし、春名先生がダメだと言ったら。そんな仮定は、葉の世界には存在しない。
『春名先生はダメだと言った。だから、上げることが出来ない』
 それが全てで、『もし』という言葉は、その中から消えている。
「ごめんなさい。悪いことを言ったわね」
「いや。段々とこの子が見えてくる……」
 春名は、気の長い視線で、葉を見つめた。
 自閉症――。
 人に対してほとんど関心を持たず、その反面、彼らは機械的なものには興味を持つ。もし、などという曖昧な部分も、例外も矛盾もない世界だからだ。
 自閉症児が人間の絵を描くと、ロボットのように色々な部品を体内に描き込むことがよく見られる。そして、姿形もロボットとしか言えないものもある。それは、彼らの住んでいる世界そのものなのだ。
 動くものが生き物だ、と教えれば、機械で動くものと、自ら生命を持って動くものが混同する。そこで、一人で動くものが生き物だ、と教えれば、時計や、電池で動く玩具まで生き物の部類に入れてしまう。
 実際、人間の絵の中に、電池が描かれていることは珍しくない。
 そんな彼らには、『生きている』という表現も理解出来ない。『生きているみたい』は、『生きている』のだ。だから、玩具の電車にミルクを飲ませることがある。彼らの世界に嘘はなく、代用が効かないことは、ままごとのお茶と同じで、人形にお茶を飲ませるのと同じように、電車にも飲ませる。
 だが、この場合の電車は、人形の代用ではなく、彼らには電車も生き物だからだ。
「この子たちの世界に住んでみたいわね」
 優しい眼差しで、笙子が言った。
 春名はその言葉に瞳を細め、
「一週間なら、という但し書き付きで、だろう?」
「そうかも知れないわね」
 しばらく、穏やかな会話だけが続いていた。
 穏やかな――事件のことには何も触れない時間である。
「じゃあ、私は往診があるから」
 そう言って、笙子が帰った後の部屋は、静かだった。
「華が消えましたね」
 男だけになった世界で、仁が苦笑するように、春名を見上げる。
 春名もその言葉に頬を緩めた。
「おいしいかい、葉くん?」
 と、ケーキを頬張る葉へと、問いかける。
 葉は黙々とケーキに取り組んでいる。
「君は食べないのかい、仁くん?」
 その問いかけに、仁の視線が、じとーっ、と変わった。
「また何か厭味を言うつもりですか?」
 と、疑り深く、春名を見据える。
 春名は笑いをかみ殺した。
 皮肉を言おうか、冗談を言おうか考えたが、
「……口の中の傷は?」
 出てきたのは、その言葉だった。
「大丈夫です」
 仁はしっかりとした口調で、受け応えた。
「そうか。それならいい」
「心配症ですね」
「……。もうこんな目には遭わせない。こんな思いは、二度とごめんだ……」
 空には雲の切れ端が見え初めていた……。


しおりを挟む
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

寝させたい兄と夜更かしの妹(フリー台本)

ライト文芸
夜更かして朝おきられない妹に、心配でなんとか規則正しい生活をして欲しい兄だが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...