89 / 350
Karte.4 児童精神医学の可不可-他人
児童精神医学の可不可-他人 20
しおりを挟む精神科病棟の一室には、名札の入っていない部屋があった。そして、その個室のベッドを使っているのは、精神病患者ではなく、外科の患者である。
春名は、小さな葉の手を引きながら、その部屋へと足を入れた。
「あ……。春名先生」
ベッドに眠る少年――仁が、それを見て、身体を起こそうと頭を上げる。
「寝ていなさい。まだ起き上がれる状態じゃない」
春名は、すぐにその無茶を圧し止めた。
「でも……」
「両腕が使えなくて、どうやって起きるつもりだ?」
「……」
「今、ベッドを上げるから、おとなしくしていなさい」
春名は機能的な電動ベッドをゆっくりと上げ、仁の身体を少し起こした。
「すみません、迷惑をかけて」
仁が申し訳なさそうに、口を開く。その表情は、幼い日のままである。
「そう思うなら、絶対安静を守ってくれ」
「寝てばかりだと……落ち着かなくて」
「……」
窓からは、明るい陽差しが差し込んでいる。白いシーツに跳ね返る眩しい光は、あの日の記憶さえ遠ざけそうで――。
葉が戸惑うように、ベッドの中の仁をのぞき込んだ。
「お見舞いありがとう、葉くん」
仁が言うと、
「……?」
葉はあからさまな戸惑いを浮かべて、春名の白衣の裾を握りしめた。
「ん? どうした?」
「……」
「仁くんは怪我をしたんだよ」
と、説明する。が、葉は、不思議そうに何度ものぞき込んでは、キョロキョロと瞳を動かしている。
恐らく、この場合の『仁』も『本』と同じで、いつもと違う仁の姿は、葉に取っては『仁』ではなく、また別のものになっているのだろう。
「おいで」
春名は葉を膝に抱き、ベッドの傍らの椅子に腰を降ろした。そして、仁の方へと視線を向けた。痛々しい包帯だらけの姿である。
「痛みは?」
その問いかけに、
「もう平気です。――葉くんはどうですか?」
笑みを見せて、仁が応える。
「君は自分のことだけ心配していればいい」
「本当に平気ですよ。ぼくはあんなことくらいで傷ついたりはしませんから」
「……」
あの日の心配が、何年も経った今になって現実になるなど――。しかも、こんな形で。
もちろん、仁は立ち直ろうとしているし、春名もそれを蒸し返そうとは思わない。
それでも……。
手のひらには、爪がきつく食い込んでいた。
「あれから何か?」
仁が心配そうに、春名を見上げる。
「いや。――君は怪我を治すことだけ考えていなさいと言っただろう」
「ぼくが不注意だったんです。何も考えずにドアを開けて――」
「もうこんなことは二度とさせない」
少し強い口調で、春名は言った。
「――先生?」
仁が、不安げな眼差しで、春名を見つめる。
「……。大丈夫。冷静だ」
春名はすぐに、表情を、緩めた。
だが、仁の表情は、緩んではいない。
「ホテルに移ってください、先生。あのマンションは危険です」
と、すがるように言葉を続ける。
確かに、危険、なのだろう。
だが、春名は――。
「逃げ足よりも、腕力に自信がある」
「先生――っ」
「興奮するな。冗談だ」
と、軽く言って、笑みを見せる。
もちろん、本当に冗談だったのかどうかは、自分でも解らない。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる