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Karte.4 児童精神医学の可不可-他人

児童精神医学の可不可-他人 20

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 精神科病棟の一室には、名札の入っていない部屋があった。そして、その個室のベッドを使っているのは、精神病患者ではなく、外科の患者である。
 春名は、小さな葉の手を引きながら、その部屋へと足を入れた。
「あ……。春名先生」
 ベッドに眠る少年――仁が、それを見て、身体を起こそうと頭を上げる。
「寝ていなさい。まだ起き上がれる状態じゃない」
 春名は、すぐにその無茶を圧し止めた。
「でも……」
「両腕が使えなくて、どうやって起きるつもりだ?」
「……」
「今、ベッドを上げるから、おとなしくしていなさい」
 春名は機能的な電動ベッドをゆっくりと上げ、仁の身体を少し起こした。
「すみません、迷惑をかけて」
 仁が申し訳なさそうに、口を開く。その表情は、幼い日のままである。
「そう思うなら、絶対安静を守ってくれ」
「寝てばかりだと……落ち着かなくて」
「……」
 窓からは、明るい陽差しが差し込んでいる。白いシーツに跳ね返る眩しい光は、あの日の記憶さえ遠ざけそうで――。
 葉が戸惑うように、ベッドの中の仁をのぞき込んだ。
「お見舞いありがとう、葉くん」
 仁が言うと、
「……?」
 葉はあからさまな戸惑いを浮かべて、春名の白衣の裾を握りしめた。
「ん? どうした?」
「……」
「仁くんは怪我をしたんだよ」
 と、説明する。が、葉は、不思議そうに何度ものぞき込んでは、キョロキョロと瞳を動かしている。
 恐らく、この場合の『仁』も『本』と同じで、いつもと違う仁の姿は、葉に取っては『仁』ではなく、また別のものになっているのだろう。
「おいで」
 春名は葉を膝に抱き、ベッドの傍らの椅子に腰を降ろした。そして、仁の方へと視線を向けた。痛々しい包帯だらけの姿である。
「痛みは?」
 その問いかけに、
「もう平気です。――葉くんはどうですか?」
 笑みを見せて、仁が応える。
「君は自分のことだけ心配していればいい」
「本当に平気ですよ。ぼくはあんなことくらいで傷ついたりはしませんから」
「……」
 あの日の心配が、何年も経った今になって現実になるなど――。しかも、こんな形で。
 もちろん、仁は立ち直ろうとしているし、春名もそれを蒸し返そうとは思わない。
 それでも……。
 手のひらには、爪がきつく食い込んでいた。
「あれから何か?」
 仁が心配そうに、春名を見上げる。
「いや。――君は怪我を治すことだけ考えていなさいと言っただろう」
「ぼくが不注意だったんです。何も考えずにドアを開けて――」
「もうこんなことは二度とさせない」
 少し強い口調で、春名は言った。
「――先生?」
 仁が、不安げな眼差しで、春名を見つめる。
「……。大丈夫。冷静だ」
 春名はすぐに、表情を、緩めた。
 だが、仁の表情は、緩んではいない。
「ホテルに移ってください、先生。あのマンションは危険です」
 と、すがるように言葉を続ける。
 確かに、危険、なのだろう。
 だが、春名は――。
「逃げ足よりも、腕力に自信がある」
「先生――っ」
「興奮するな。冗談だ」
 と、軽く言って、笑みを見せる。
 もちろん、本当に冗談だったのかどうかは、自分でも解らない。


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