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Karte.4 児童精神医学の可不可-他人
児童精神医学の可不可-他人 14
しおりを挟む「レ……。仁くん――っ!」
やっと状況を理解して、春名はその傍らへと駆け寄った。
「仁くん! どうしたんだ、仁くんっ!」
と、意識のない仁に呼びかける。
仁が、うっすらと、瞳を開いた。
だが、その瞳はどこを見るでもなく、ただ茫と虚空を眺めている。
「仁くん……? 何が……何があったんだ? ――待っていろよ。今、ソファに――」
春名は、焦点の合わない仁の瞳に震えながら、その体を抱え込んだ。刹那――。
「くぅ――!」
仁が唇を噛み締めた。
「――え?」
そう強く抱えた訳ではないというのに、酷い痛みを訴えた仁に、抱え上げようとする手が止まった。
「腕が……」
だらりと垂れる腕を見て、春名は呆然と呟いた。腕が折られているのだ。それだけではなく、仁の下肢の狭間には赤い血が伝い、男の欲望の跡が残っていた。唇にも同じ精液がこびりつき、小さな顎を濡らしている。
「や……」
「仁くん?」
「NO……。NO……」
何を見るでもない呟きが、零れる。
「しっかりするんだ、仁くん」
「や……。行かな……で……。だめ……。かー……さ……」
「……仁くん? 聞こえないのか?」
「気味……悪……。ぼく……。か……さ……。ぼ……く……気味……」
「――」
虚空を見つめる仁が何を見ているのか、すぐに、解った。
「仁く――」
言いかけようとしたが、その時、カタ、っと後ろで物音がした。
今は、二人ではなかったのだ。
春名は、ハッ、として後ろを振り返った。
そこには笙子が立っていた。
「レンくん――。これは……?」
仁の悲愴な姿を前にして、蒼白の面で呟きを、零す。
「帰ってくれ」
春名は言った。
「え? でも、これは――」
「帰れ――っ!」
思わず、きつい口調になってしまった。
「……春名?」
笙子の表情も、戸惑っている。
恐らく、そんな春名の姿を見るのは、初めてのことだったに違いない。
春名は少し、視線を伏せ、
「仁くんは俺が病院へ連れて行く……」
「……」
「頼む……。帰ってくれ……」
と、手のひらに爪を食い込ませた。
「……解ったわ」
部屋を出る笙子の気配を、背中に感じた。
部屋が、静寂に、飲み込まれる。
「誰が……こんな……」
痛め付けられ、凌辱され、下肢も唇も、体中、男の精液に汚され――その仁の姿は、正視に耐え得るものではなかった。
「気味……悪……。か……さ……」
仁は放心状態で、口の中で同じ言葉を繰り返している。
春名はその傍らに寄り添い、そっと仁の頬に指を当てた。
「仁くん……。聞こえるか? 俺の声が聞こえているか?」
「あ……う……。かー……さ……」
「仁くん。俺だ。春名だ。ドクター.春名だ」
「ぼく……は……気味……悪……」
「気味悪くなんかない……。そう言っただろう? 君は誰よりも繊細で、感受性が豊かな賢い子だ」
「う……あ……」
「仁くん……。俺に話せばいいと言ったはずだ。何でも俺に……。俺が全て受け止める。俺は春名だ。ドクター.春名だ。聞こえているだろう?」
春名は、仁の頬を優しく包んだ。
その手の温もりを感じてか、仁の瞳が微かに揺れた。
「ドク……」
薄い言葉が、零れ、落ちる。
「ああ、そうだ。ドクター.春名だ。君はどこも気味悪くなんかない。普通の賢い子だ」
春名は優しい口調で語りかけた。
「ドク……。春名……セン……セ……」
仁の焦点が、ゆっくりと、合った。徐々に鮮明になって行く視界の中、何か言いたげに、口を、開く。
「もう喋らなくてもいい。――さあ、眠って。すぐに病院へ運ぶ」
春名は胸が詰まる思いで腰を上げ、すぐに救急車を手配した。そして、寝室から毛布を持ち出し、仁の体を包み込む。
タオルを濡らし、体の汚れを拭い取ると、仁が譫言のように、口を開いた。
「危……セン……セ……」
「喋るんじゃない、仁くん」
「危……。来た……」
「黙って。今は何も言わなくてもいい」
春名は宥めるように言葉をかけ、何度も優しく頬を撫でた。
――酷すぎる。
どこの誰が、こんな風に子供を痛め付けることが出来る、というのだろうか。
どうすれば、ここまで酷く子供を傷つけることが出来る、というのだろうか。
狂ってる、としか思えなかった。正常な人間がすることではない。
――一体、誰が……。
固く結んだこぶしの中には、あの日の仁の言葉が蘇っていた。
『この間から嫌な予感がするんです……』
――嫌な予感……。
もっと春名が気をつけていれば良かったのだ。そうすれば、こんなことにはならなかった。
深夜の街には、救急車の音だけが、ただ煩く渡っていた……。
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