可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.4 児童精神医学の可不可-他人

児童精神医学の可不可-他人 13

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 夜中の駐車場は、気味が悪いほどに静かだった。
 自宅のマンションの駐車場である。
 春名はその静けさの中、エレベーターへと乗り込んだ。ルーム・フロアのボタンを押し、疲れのままに後ろの壁に凭れかかる。
 疲れているのだ。早くベッドに入って休みたかった。
 だが、そういう時に限って、誰かが部屋へ戻るの邪魔をする。今日も、それは例外ではなく……。
 エレベーターは、ルーム・フロアまでノン・ストップでは行かず、一階に来て、カタン、と止まった。
 こんな時間に戻って来る住人が、他にもいるのだ。夜遊びもたいがいにしてもらいたいものである。心の中でそんな愚痴を零しながら、春名は、部屋への直行を妨げた人物に向けて、かなり腹立たしく視線を向けた。
「あら。あなたも今帰り?」
 エレベーターに乗り込んで来たのは、大人の色香を纏わせる美女だった。
 霧谷笙子――。クリニックを開業するセラピストである。春名の向かいの部屋に住んでいるため、ここで出逢っても不思議ではない。
 春名はさっさと『閉』ボタンを押し、
「ごらんの通りだ。君と違って酒の匂いはしないが」
 と、冷ややかに応じた。
「人間、疲れが溜まると厭味ったらしくなるわねェ」
 笙子が涼しい顔で、言葉を返す。
 図星なだけに、何も言えない。
 エレベーターが、ルーム・フロアに来て、静かに止まった。
「ねェ、あなたのところ、氷はある?」
 笙子の問いである。
「ん。ああ、あるだろう」
「少し分けてちょうだい」
「まだ飲むのか?」
 眉を顰めて、春名は訊いた。
「氷水を、ね」
 笙子は片目を瞑って、エレベーターを降りた。
 春名も続いて、フロアに降り、
「仁くんが寝てるかも知れないから、静かにしてくれよ」
 と、部屋へと進みながら、小さく言う。
「クス。OK」
 夜中のマンションは、静かであっても眠りにつく、ということは少ないのだ。どこにも深夜族というものがいて、普通の人間と全く逆の生活をしていることも珍しくはない。近所付き合いをしなくてもいい現代社会の産物は、そういう人間に取って、最も過ごし易い場所なのだろう。
 二人は深夜に相応しい足音で、ドアの前に立った。
「開かないわね」
 静寂のままのドアを見て、笙子が言う。
 仁がまだ起きているのなら、エレベーターが止まった音を聞いて、玄関まで出て来るのが日常である。人の寝静まった夜中は、エレベーターの音もよく響き、部屋の中にいてさえ聞き取れる。
 春名は、上着の内ポケットの財布から、薄いカード・キー取り出して、ドアを開けた。
 部屋の中は、明るい。
「おじゃましまーす……」
 笙子が小さく言って、後に続く。
「氷は冷蔵庫の中だ。勝手に取ってくれ」
 春名はキッチンへと親指を立て、奥のリビングへと足を入れた。その時、それが、目に入った。
 床に乱れるロー・ソファと、ロー・テーブルの上に横たわる、仁――。
 ――これは……何だ……?
 思いがけない出来事を前に、刹那、足が立ち竦んだ。
 ロー・テーブルに仰向けになる仁は、ほとんど裸同然のボロボロの姿で、意識などないように、だらり、と頭を垂らしていた。それだけではなく、体中、傷だらけの酷い有様だった。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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