可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.4 児童精神医学の可不可-他人

児童精神医学の可不可-他人 7

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 プレイ・ルームの中では、今日も何人かの子供たちが、様々な姿で遊びに夢中になっている。
 女の子は一人も、いない。
 別に、男の子と女の子の遊び場を隔てているという訳ではなく、自閉症児に圧倒的に男の子が多い、という特徴所以である。
 仁は、葉を膝に抱く春名の姿を垣間見て、依然、変わりがないことに息をつき、退屈を凌ぐように、ゲームを囲む二人の子供の方へと視線を向けた。ここに置いてあるゲームの一つで、ゲーム盤にルーレットが付いていて、それを回して、出た目の数だけ駒を進める、というものである。もちろん、それを進める過程には、色々な特典や障害が付いていて、駒の止まった場所によって、もう一度ルーレットを回すことが出来たり、三つ進んだり、二つ戻ったり、という風になっている。
 何となくそれを眺めていると、そのゲーム盤を囲む子供の一人が、後少しでゴール、という時に、ルーレットの目を操作して、出したい数字の所でピタリと止めた。――いや、それは操作と言うよりも、ルーレットの摘まみを持って、その数字の上へと針を移動させたに過ぎない。
 ――あ。
 誰が見ても明らかにイカサマだと判るその行為に、仁は唖然と目を丸くした。
 その子供は、自分の出した目の数だけ駒を進め、難無く先にゴールする。
 そして、もう一人の子供が怒り出した。
「どうなると思います?」
 仁は、春名へと視線を向けた。
 だが、春名は何も言わず――、仁も再びその子供たちへと視線を向け、春名と同じように口を出さずに、これから起ころうとすることを静かに眺めた。
 その子供――怒っている子供は、相手に対して怒りは打付けず、イカサマを咎めもしなければ、注意をすることもしなかった。そのイカサマに関しては怒らず、その結果、自分が負けてしまったことに腹を立てているのだ。
 仁は春名へと視線を戻した。
「他人がない、でしょう?」
「ああ」
 春名は応え、
「彼らには、先に上がった者が勝ち、ということは理解出来ても、イカサマをする人間のことが理解出来ない」
「でも、相手の子は堂々とイカサマをしましたよ」
「堂々と、だろ?」
「――。イカサマをしているつもりはない、ですか?」
「いや。イカサマはこっそりするものだ、という複雑さまで考えが及ばないんだよ。彼らの理論は単純で、二重構造になると途端に理解に欠ける。例えば、機械はイカサマをしないだろう? 自転車はペダルを漕げば、タイヤもその通りに回る。そういうことは理解出来る。だが、人間はそんな単純なものじゃない。本音と建前があって、嘘もつく。そういう複雑さは、彼らの苦手なことだ」
 春名は、二人の子供を見ながら、言葉を続けた。
「だから、勝つために堂々とイカサマをして、相手の子は負けたことだけに怒る、ですか」
「ああ。だが、ケンカにはならない」
 その視線の先には、一人でもがいてパニックを起こす子供がいた。誰に怒っていいのか判らないから、相手に向かうという形にならないのだ。ケンカが出来るようにでもなれば、それは間違いなく進歩と呼べる。
 子供は看護師に宥められて、自傷行為には至らずに落ち着いた。
 怒りを打付ける相手がいない彼らは、そのイライラを自分に向けて、自分の頭を叩いたり、体を噛んだり、髪を毟ったりして傷つけたりすることがある。それも全て、他人がないが故の行為である。
 その様子を眺める中、時間の経過も忘れていた。
「先生、もう一時間経ちましたよ――」
 時計を見て、仁が振り返った時、春名の右手に、暖かい感触が、ちょん、と触れた。
 小さな手が、春名の手を掴んだのである。
 春名はわずかに目を見開いた――が、
「ん? どうしたんだい、葉くん?」
 と、彼の初めての行動に、問いかける。
 だが、葉は何も応えない。――いや、応えはしないが、春名の膝から、ポン、と降り立ち、そのまま春名の手を引っ張った。
「先生……」
「ああ」
 春名は仁の言葉にうなずき、葉に促されるままに足を進めた。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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