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Karte.4 児童精神医学の可不可-他人
児童精神医学の可不可-他人 2
しおりを挟むあり得ない数式――。
5×1=5
5×2=9
5×3=13
5×4=17
5×5=21……
だが、決してデタラメではない。これは、彼らの中ではきちんと操作された数式なのだ。――いや、創り出された、と言った方がいいだろうか。
この数式に足りないものは――省略されているものは――。
5×1-0=5
5×2-1=9
5×3-2=13
5×4-3=17
5×5-4=21……
彼らの中では、恐らくこういうルールになっているのだ。
「この子みたいに知能が高ければ、回復も早いですよね」
仁は、パサリ、と数式を置き、期待を込めてそう言った。
だが――。
「さあな」
それが春名の応えである。
医者が出来ることなど、限られている。質問と、投薬の繰り返し――。彼らのことを理解しているとは、言い難い。
「君がそんな顔をしても仕方がないだろう? 彼ら自閉症児を簡単に治せる、なんていう奴がいたら、それは自閉症を知らない人間の言葉だ。こうすれば自閉症が治る、なんていう治療法はない」
自閉症――。大抵の人間は知っている言葉だろう。
だが、それがどんな病気なのかを知る人間は、少ない。
字で見る通りに、自分の中に閉じこもる病気――。それだけでは、理解しているとはとても言えない。もし、その言葉だけで表わせるものなら、学校へ行かない登校拒否児も、家に閉じこもっている引きこもりも、自閉症として受け取られてしまう。
だが、彼ら引きこもり児は自閉症ではない。他人と関わろうとしない――他人を避けているだけで、他人とコミュニケーションを持つプラス面での関わりはなくとも、他人を避けるというマイナス面での関わりを持っている。
自閉症児は、他人と関わりを持たない人間。他人と自分の関係を作れない人間で、他人を避けるのではなく、他人と関係のない世界に住んでいるため、十も一もなく、他人と自分もない。そして、他人と目を合わせることもなく――自分と他人がないから、目が合わない。いわゆる情緒障害とは別の――イコールではない病気なのだ。
「――で、この子、先生が診るんですか?」
視線を持ち上げ、仁が訊いた。
「いや」
「それならどうして?」
「ぼくが診るのは別の子だ」
春名は椅子から腰を上げ、ファイルを探しながら、それを告げた。
「どうしてまた児童精神医学を?」
眉を寄せての仁の問いに、
「どうして、と言われても……。興味のある分野だし、児童病棟の方でも、新しく入った子をぼくに持たせてくれると言うし。――一緒に来るかい?」
ファイルを手に、春名が訊くと、
「ええ」
二人は精神科病棟の診察室を出て、児童病棟のプレイ・ルームへと足を向けた。
自閉症児――。
彼らは、人との関わり合いのない、こことは違う世界に住む子供たちで、他人と関わりを持たない――いや、関わりがないが故に、言葉の発達が悪い。そして、言葉を全く持たないことすら珍しくはない。生まれてから一言も喋らない、という子供もいる。
自閉症は、原因も確かな治療法も未だ解ってはいないが、脳波異常を伴う者――器質的変化を伴う者が多いため、心因性のものではない、という意見が強い。情緒障害を心因性のものとするなら、自閉症はその中には含まれなくなるのだ。そして、圧倒的に男の子に多い。
「先にプレイ・ルームへ行っていてくれ」
春名は、隣を歩く仁に声をかけ、一つの病室へと足を入れた。
今回の患者の病室である。
そして……。
少し遅れて、プレイ・ルームへと足を運ぶ。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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