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Karte.3 沈黙の可不可-声
沈黙の可不可-声 14
しおりを挟む「無理もないですよ。不幸なんてこれっぽっちもない家庭に生まれ育って、敬愛する兄を目の前で亡くしたんですから」
「夏で一年だ」
「で、どうするんですか? ホーム・ドクターがいるんでしょう?」
わずか一日で傷が癒せるなら、世界中の権威ある病院から、お呼びがかかる。
「荒療治、という方法もある」
春名は薄く瞳を細めた。
「――。そのために両親の元から離したんですか?」
もう連れて来てしまっているのだから、今更だが。
「両親から、この子の兄が死んだ時の話を聞いたよ」
「何か変わったことが?」
「いや。珍しいことじゃない。両親も催眠術にかかるまで、そんな当たり前の言葉など忘れていた」
「何て言ったんですか?」
「母親にしてみれば、兄は血の繋がりのない他人だ。当然、褒める。『ミシェルは素晴らしいお兄さんだったわね。最後まで勇敢にあなたを守ってくれて』と」
最後まで……。
「この子を守ったせいで兄が死んだ、と?」
仁は噛みしめるように、その残酷な言葉を口にした。
「母親にそんなつもりはなかったさ。だが、この子にしてみれば、自分のせいで兄が死んだ、と言われたも同じだ」
両親の思いがけない言葉で傷ついてしまう幼子の心――。誰が悪い訳でもないのに、言葉が勝手に誰かを傷つける。
「そのせいで、兄の死から一年近く経った今でも、心の蟠りが消えないんですか?」
「断言はしないが、可能性はある」
「……」
子供の心は繊細なのだ。言葉に対して、大人ほどの免疫を持ってはいない。
「まあ、そういう訳だ。よろしく頼むよ、仁くん」
春名は軽く笑みを見せた。
「ぼくは構いませんけど……。夜中に泣き出したりしませんか? 両親のところに帰りたい、とか」
何しろ相手は小さな子供だ。海外では早くから寄宿制の学校へれて、親元を離れて暮らす子も多いが、皆が皆早くから自立している訳でもない。
「大丈夫だろう。両親のいない夜は初めてでもないし」
「だといいですけど。ここは自宅じゃないですからね」
遠く離れた東の異国で、しかも、昨日逢ったばかりの人間の家なのだ。勝手も違えば、同じものなど何もない。
「君だって泣かなかっただろう?」
春名の視線は、少し意地の悪いものでもあった。
「ぼくは――っ」
言い返そうと口を開き、仁はすぐに思い直して口を噤んだ。その代わり、ランディへと視線を向け、
「おいで、ランディ。君の部屋に案内してあげるよ」
と、小さな手を取り、立ち上がる。
「???」
ランディは不思議そうに首を傾げていたが、それでも促されるままに後に続いた。
春名の胸には、嫌な予感が過っていた。
「大きいベッドだから寝心地はいいし、疲れも取れる。この間、買ったばかりなんだよ。ものすごーっく、高くてね。考えもなしに誰かが買うから、ローンが一杯残ってるんだ。――セミダブルより、ダブルの方がいいだろ? それを使わせてあげるよ」
そう言って、仁は一つの部屋へと足を向けた。
春名の嫌な予感は的中した。
「おい、仁くん、それは俺の部屋――」
と、目を瞠って腰を上げたが、それは無駄な抵抗に過ぎなかった。
「先生はソファで寝てくださいね。ここには二つしかベッドがないんですから」
冷ややかな一瞥が、ドアを閉じる。
「あ、仁くん――」
春名の声は空しく途切れた。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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