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Karte.3 沈黙の可不可-声

沈黙の可不可-声 12

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「ランディ君のお母さまって、若くてきれいよねェ」
 笙子が羨ましそうに言ってみせると、ランディは嬉しそうに頬を染めた。
「お父さまもお母さまも好き?」
 その問いかけに、
「(Oui)」
 と、うなずく。
「お二人とも忙しくて寂しいわね」
「(Non)」
 今度はブンブンと首を振る。
「男の子だから寂しくない?」
「(Oui)」
「そう。偉いわねェ」
 笙子の言葉に、ランディは、へへェ、と、はにかむように頭をかいた。
「画用紙を貸してくれる?」
「(Oui)」
「メルスィ」
 画用紙を受け取り、笙子がペンを片手に、文字を綴る。
笙子これで、ショーコ、って読むのよ」
 その言葉と異国の文字に、ランディは瞳を輝かせ、今度は春名の方へと碧い瞳を持ち上げた。
「俺?」
「(Oui)」
 軽く笑い、春名は開いた画用紙に、名前を綴った。
 ランディは好奇心一杯の大きな瞳で、ワクワクとそれを覗いている。
「ハルナ、だ。口を動かしてごらん」
「(ハ・ル・ナ)」
「ああ。すぐに声も出せるようになる」
 その言葉に、ランディは嬉しそうに頬を緩めた。もちろん、そんな言葉は、主治医から何度も聞かされているだろうが……。
「さて――。俺は帰るとするかな」
 踏ん切りをつけるように立ち上がり、春名はランディの頭を軽く撫で、スーツ・ケースを持ち上げた。
 長居をするには相応しい場所ではないのだ、ここは。
 車に戻り、リア・シートにスーツ・ケースを放り込む。――と、背後に不思議な気配が立った。
 ランディが、ピタリ、と足を止め、にこっ、と笑みを持ち上げる。
 とうやらまだ、遊び足りないらしい。
「ぼくはもう帰るんだよ。ついて来たら一緒に連れて帰るぞ」
 春名は同じように笑みを見せ、ランディのおでこを、パチン、と弾いた。
「本当に連れて帰ってあげれば?」
 笙子が言う。
 もちろん、何が言いたいのかは、解っている。
「俺の休暇は明日までだ。治療の時間もない」
「でも、興味はあるんでしょう?」
 ――興味……。
 確かに、興味がないとは、言えないが――。あれほど両親に愛され、幸福な生活を送っているというのに、ランディは、声を取り戻していないのだ。それが何故なのか、医者としての興味はある。
「解るわよ。この子は少し環境を変えた方がいいわ」
「まだ小さい子供だ」
「クレマン夫妻には私からお願いしてみるわ。別に、海外へ連れ出そうという訳じゃなし」
「遠慮するよ」
「そう……。仕方がないわね」
 笙子は落胆を表すように、溜め息をついた。
 だから、という訳ではない。
「俺が直接クレマン夫妻に話をしてみる。訊きたいこともあるし」
 春名は言った。
 柔らかい風が、擦り抜けた。
 海を臨む断崖では、笙子が光を浴びていた。
 医者は、医者なのだ……。


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