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Karte.3 沈黙の可不可-声
沈黙の可不可-声 11
しおりを挟む肌寒さを纏わせる初夏の朝。
朝食を終えて外に出ると、昨日と同じ階段に、ランディと笙子が座っていた。画用紙を広げて文字を綴るランディと、傍らで優しく語りかける笙子の姿である。
春名は暖かく瞳を細め、その光景をしばらく眺めていた。
先に気づいたのは、ランディだった。春名を見上げ、にこっ、と愛らしく笑みを見せる。それを見て、笙子も同じように、顔を上げた。
多分、彼女も微笑んでいた。
春名は二人の元へと階段を降りた。
「サヴァ、ランディ?」
と、声をかける。
ランディは、にこっ、と笑みを見せた。誰がみても愛らしいと思える表情である。
「帰るの?」
それは、笙子の問いかけだった。スーツ・ケースを持つ春名の姿は、フラリと外に出て来た、という格好ではない。明らかに帰り支度を示すものであったのだ。
「ああ。一日が限界らしい」
「仕方がないわね」
「そういうことだ」
春名は唇の端を少し歪め、苦笑にも似た笑みで受け応えた。
笙子も同じように、笑みを見せる。その脇を通り抜け、駐車場へ行こうとした時――。
「ああ、そうだわ。肩車をしてくれる?」
と、笙子が言った。
「肩車?」
「私じゃなくて、プチ・ムッスィユ」
なるほど。それはそうだろう。笙子を肩車しても仕方がない。
ランディは、キョトン、と首を傾げていたが、フランス語が出て、自分の話だと察したのか……再び問うように首を傾げた。
「Eres-vous pret(用意はいいかい)?」
春名はスーツ・ケースを下に降ろし、ランディの傍らに屈み込んだ。
「???」
そして……。
肩に担いで、立ち上がる。
「どう、ランディ。よく見える?」
「!」
瞬く間に変わった視界の広さに、ランディは目をまんまるに開きながら、すぐに楽しそうにはしゃぎ始めた。
金色の髪が、光りに透けて、好奇に満ちる。
春名はゆっくりと階段を降り、駐車場へと足を向けた。その後を、スーツ・ケースを片手に、笙子が続く。
「やっぱりあなたでは、兄というよりも父親ね」
「それは悪かったな」
春名は一瞥を送って、無愛想に言った。
そんなやり取りも気に止めずに、肩の上では、ランディが気持ち良さそうに過ごしている。
失った兄は十歳違いだったのだから、仁よりも少し年上、というところだろう。ここに仁がいれば良かったのだが、生憎今は春名しかいない。
ランディを肩に担いだまま、数台の車が並ぶ駐車場に降り、春名は断崖から海を臨む柵の方へと足を向けた。木で作られた、別荘の雰囲気に似合う柵である。
初夏の柔らかい光を含む爽やかな風。
空と繋がる碧い海。
それを一望する所まで来て、春名はランディを肩から降ろした。
「たまに子持ちになるのも無責任でいいわね」
笙子が風の中に瞳を細める。
確かに、たまに相手をするだけなら子供は可愛い。それこそ、天使にすら見える。実際には、物事の善悪を知らない無垢な悪魔だとしても。
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