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Karte.3 沈黙の可不可-声
沈黙の可不可-声 7
しおりを挟むきらびやかな有閑人種たちの集う夜。
握手と談笑で始まったパーティは、名の知れた紳士たちと、その夫人たちの華やかさで、噎せ返るほどの空気に包まれていた。
そして、まだ始まったばかりだというのに、春名は何度目かの溜め息をついていた。
それを見て笙子が口を開く。
「私がレンくんにマッサージを頼む気持ちがよく解るでしょう?」
と、皮肉な視線を持ち上げる。
春名は同意する気もなく、その視線を睨みつけた。
あのまま帰れば良かった、という愚痴は、水割りグラスだけが聞いていたかも、知れない。
「ようこそ、笙子先生、春名先生」
艶やかなイヴニングを纏う娘が、二人の前に姿を見せた。まだ二三、四歳の、おとなしそうな令嬢である。彼女こそ、この別荘へ春名と笙子を招待してくれた娘、倉本千咲であった。
「まあ、千咲さん、とても素敵だわ。どんどん綺麗になるわね。――ねェ、春名先生?」
美しく着飾る千咲を褒めたて、笙子が春名へと同意を求める。
「え、ああ」
無粋な褒め言葉など口に出来ない。が、
「以前よりもずっといい顔をしている」
少しはマシなことも言える。
「そんな……」
「本当よ、千咲さん。ピアノの上に飾りたいくらいだわ」
笙子の言葉に、千咲は、ますます真っ赤になって、うつむいた。
「先生のお陰です。足が動かなかった頃は、パーティなんて気分にもなれませんでしたから」
彼女はかつて、自分自身で自分を追い詰め、足を麻痺させてしまったのだ。その彼女の心の蟠りを取り除き、足を――いや、心を治療したのが、春名、だった。
「今日は招待をありがとう」
せっかく招いてくれている、というのに、いつまでも不機嫌な顔をしてはいられない。
『彼女、おとなしいから、先生を誘うのにも勇気がいったと思いますよ』
その仁の言葉通り、あと二日間ここで過ごすのもいい。
「お忙しいのに無理を言ってしまって……」
千咲が申し訳なさそうに視線を伏せる。
「無理なら来なくてよ。そう言ったでしょう、千咲さん。他人の気持ちを考えることは大切だけど、自分の気持ちも大切にね」
「はい、笙子先生」
明るい面が持ち上がった。
彼女はもう、自分を非難して、そこから逃避することもないのだろう。
「今も霧谷先生のクリニックに?」
春名は、笙子を垣間見ながら、問いかけた。
「はい。笙子先生と話をするのが楽しみで。――欧米では、何でも話せるカウンセラーを持つことは常識になっているのでしょう?」
長くUSAにいた春名への問いかけである。
「上流階級のご夫人方の間では、そういう傾向もあるね。ご主人の地位が上がれば色々と大変なことが増えて行く。君のお母さんもそうだろう?」
「うちなんて、大したことは……」
「そんなことはないさ。海外からもお客様が見えてるだろう?」
春名は軽い口調で話題を移した。
「ええ、パリから、父の知人のクレマンご夫妻とご子息が」
「ランディ君?」
昼間に見かけた小さな男の子の名前を、問いかける。
「あ、ええ、そうです。お会いになったんですか?」
春名の言葉に、千咲の瞳が持ち上がった。
「昼間、少しね」
「……感受性豊かで可愛い子なんですけど、口が不自由で。――あ、あそこにいらっしゃるのがクレマンご夫妻です」
千咲の示す視線の先には、口ひげの似合う五十過ぎの紳士と、三十代前半の若い夫人が、談笑を交わしながら過ごしていた。
「随分、年の離れたご夫妻だね」
春名は、普段なら立ち入らないことを問いかけた。
「ええ。M.クレマンは再婚で。マダムは二十歳近く年下だったと思います。でも、とてもお幸せそうなご家族ですよ」
微笑ましい夫妻の姿に憧れるように、千咲は言った。
「そうみたいだね」
余り会話を交わす訳でもなく、それでいて不自然にも見えない調和の取れた夫婦。その姿は、年の違いなど感じさせないほどに、一枚の絵の如く似合っている。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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