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Karte.3 沈黙の可不可-声

沈黙の可不可-声 6

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《Qui etes vous(あなた、だれ)?》
 幼子が綴った、文字である。
 白人を見れば英語で通じる、と思うのは、日本人の悪いクセらしい。
「cest.春名.Enchante(始めまして).Monsieur……」
 春名は戸惑いながらも、問いかけの形に、語尾を消した。
《Lundi》
 幼子が、新たな文字を、画用紙に綴る。
「アンシャンテ、ランディ」
 文字を読み、春名は、ランディへと笑みを見せた。
 他人の言うことが解るのだから、耳は聞こえているのだろう。口の不自由な子は、耳も聞こえないことが多いが――いや、耳が聞こえないからこそ、口から出る言葉がないのだが、ランディの場合は、そういう風には、見えない。
「絵を描くのは好き?」
 と、問いかけると、ランディは、コクリ、と一つ、うなずいた。
 やはり、耳は聞こえているのだ。
「同じ年頃の子がいないから退屈だろう?」
 と、問いかけると、
《あなたも友だちがいなくてたいくつなの、ムッスィユ.ハルナ?》
 と、ランディは、心配するような顔で、白い画用紙に文字を並べた。
 何とも優しい気遣いである。
「クックッ。ああ。大人の話について行けなくて逃げ出して来た」
 春名は、子供らしいストレートな問いかけに、楽しく応じた。
 ランディも、にこっ、と愛らしい笑みを見せる。そして、再び画用紙を元に戻し、描きかけの絵を前に、クレパスを取った。
 光を跳ね返す海の絵である。岩場から臨む紺碧の海と、その岩場に立つ一人の少年。
「これは誰?」
 絵に描かれる人物を見て問いかけると、その問いかけの応えが返る前に、別荘の方から声が届いた。
「ランディ! どこに行ったの、ランディ」
 恐らく母親の声だろう。それを聞いて、ランディが、パタン、と画用紙を閉じて、別荘の方へと駆け戻る。
 パタパタと走り去るその姿は、健康な子供そのものである。
 春名は、その後ろ姿を黙って見送り、絵にあった岩場の方へと視線を移した。
 もちろん、人は一人も立ってはいない。
 人のいない岩場に描かれた人物――。そんなことを考えながら、春名は、フッ、と鼻を鳴らした。
 ――職業病だ。
 光に透ける潮の中には、苦笑だけが取り残されていた。


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