可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.3 沈黙の可不可-声

沈黙の可不可-声 3

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「いつも会うとは限らないだろう? 俺たちがいなければ、電話でも掛けて呼び出すつもりだったのか?」
「まさか。あの子たちは何をするって訳じゃないし。気味は良くないけど」
「することがあれば、こんなところに来てはいないさ。君も夜遅くに出掛けない方がいい」
「そういう訳にも行かない時があるのよ。メンストゥルアツィオンなんかだと、あなたのところに借りに行く訳にも行かないし――。最近、ストレスのせいか不順なのよねェ。いつ来るのか判らなくて」
 そう言って、笙子は意地の悪い視線を持ち上げた。
 どうやら、春名をからかう積もりらしい。
「医者が何朱くなってるのよ」
「別に」
「発情期かしら? ――メスの尿にフェロモンが分泌されて、オスはそれに呼ばれて性的興奮を引き起こす」
 笙子はからかうように、春名を見上げた。
「いつから獣医になったんだ?」
「クスクス。年に数回の発情期の動物と、年中発情期の人間を比べちゃいけないわね」
「年中発情期、か」
 妙に納得できる言葉である。
「そういう人間がクリニックに来たのか?」
 春名は訊いた。
「んー。その逆ね。奥様の話だと、ご主人が性的欲求を感じなくなって、心配で医者に行ったら――。医者は何て言ったと思う?」
「さあ。妻を替えろ、って?」
「違うわよ。あなたじゃあるまいし。そのお医者様は、『実は私もそうなんですよ。家内には罵られるし、医者に行く訳にも行かないし』って、溜め息をついて言ったんですって。それで、二人でしみじみと話をして帰って来たらしいわ」
 笙子は呆れるように言って、肩を竦めた。
 女には、男の侘しさ、というものが解らないのかも知れない。もちろん、当事者でない男にも、解らない。――いや、笑い事である。
 春名も当然、笑い転げた――いのは山々なのだが、場所柄、そうする訳にもいかず、懸命に笑いをかみ殺した。
 そんな他愛のない話を続けていると、ガラスの向こう――コンビニエンス・ストアの外の雰囲気が、変わった。一人の婦人が、少年たちに声をかけたのだ。どこと言って変わったところのない普通のおばさんで、その様子を見る限りでは――。
「あの少年たちの中の一人の母親みたいね」
 その笙子の言葉は、春名が考えていたものでも、あった。
 たむろする少年の一人に話しかける婦人は、母親らしい仕草で少年たちに接している。
 恐らく、帰るように説得しているのだろう。
 だが、その甲斐もなく、少年は母親の手を振り払った。
 春名は薄く、瞳を細めた。
 夜中にわざわざ探して迎えに来てくれる親があるというのに、彼らにはどんな不満がある、というのだろうか。
 結局その少年は、母親とは一緒に帰らなかった。
「今時あんな感心な母親がいるのね」
 と、笙子が言った時、
「セラピストと精神分析学者が、ガラスの内側からだけ見て判断してもいいんですか?」
 外を眺める二人の背中に、買い物を終えた仁の声が、皮肉げに乗った。
 春名はその声を聞いて振り返り、
「彼らがぼくの患者なら仁くんの言う通りだよ。だが、今はただのやじ馬だ。――持とうか?」
 と、ロック・アイスとミネラル・ウォーターの入った重そうな袋を見て、問いかける。
「平気ですよ」
 軽々と持ち上げ、言う仁に、
「なら、半分」
「私のも持ってくれる?」
 笙子が言った。中身は、言わずと知れた生理用品である。
「生憎、フェミニストではないのでね。重いものなら持つが、そうは見えない」
 三人は、夜のコンビニエンス・ストアを後にして、マンションへと歩き出した。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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