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Karte.2 超心理学の可不可-硝子
超心理学の可不可-硝子 21
しおりを挟む『おまえの学校、頭のおかしい奴が行くんだろっ。かーちゃんが言ってたぞ。あそこには変なやつが集まっているんだ、ってな』
『――。違うよ。頭のいい選ばれた天才だけが行けるんだ。君たちみたいな間抜けには解らないよ』
『何だと――っ!』
『一度聞いて理解出来ないのが間抜けな証拠だろ』
『やめないか、仁くん。子供相手につまらないケンカをするんじゃない。――おいで』
『はい、ドクター.春名』
はい、ドクター.春名……。
――そりゃ、少しは嬉しくて……。
仁は、子供時代を振り返りながら、むっつり、とした。
春名の瞳が、穏やかな形に、柔らかく細まる。
「普通人の体験内容を越える部分、超心理学的能力を所有する『1=1+α』の人間は、絶対的に少数だ。だが、言い換えれば、その能力を持たない人間の方が『1=1-α』であり、機能的に欠陥があって、劣っているとも言える。実際、そう考える学者は多い」
能力を持たない人間の方が異常なのだ、と。
「でも、常識と正常は、圧倒的に人数の多い人間を指す言葉ですよ」
仁は突っ掛かるように、言葉を返した。
「俺に喧嘩を売っても仕方がないだろう?」
「それはそうですけど……。先生があの娘のことを――。あの娘、危険ですよ。ぼくがいなければ、先生の患者にまで嫉妬するかも知れないでしょう? もし、あの娘自身が気づいていなくて、コントロールも出来ないのなら、早く何とかしないと……」
今は仁だけに及んでいる危害が、いつ他の患者へ向くとも限らない。
「どっちにしても、彼女がそういう能力を持っているかどうか確かめてみないことには、対処も出来ない」
「確かめる方法はありますよ。また同じ状況を作ればいい。――そうでしょ、先生?」
仁は得意げな瞳を持ち上げた。
「――。まだそんなことを言っているのか」
「でも、協力してくれるでしょう? ぼく一人では、彼女はガラスを割らないんですから」
「駄目だ」
「先生――」
「駄目だ。当分、家にいなさい」
「……」
グラスに残ったワインは、不満を映して揺れていた。
朝から雲の多い一日だった。日中もそれほど気温は上がらず、冬に逆戻りしたかのような寒さが続いている。
奈摘は、精神科病棟の保護室へ来て、ベッドに眠る人物を訝しく見据えた。
正面のベッドには、仁が、けだるげにシャツの前をはだけて、微睡んでいる。
瞳にかかる細い髪も、シャツから零れる白い素肌も、思わずハッとするほどに幻想的な姿だった。
臘月の霧を見るような、と表現してもいい。
いつもの仁とは、どこか雰囲気が違っていた。
そして、奈摘は、その仁の姿に魅せられていた。それでも、
「春名先生はどこなの?」
と、きつい口調で、問いかけた。
「……春名先生?」
瞳を開き、仁が奈摘の方へと視線を向けた。その唇には、皮肉な笑みさえ灯っている。
「私は春名先生に呼ばれてここへ来たのよ」
言葉の通り、春名からのメモが届き、奈摘はこの保護室へと訪れたのだ。
だが、保護室には春名の姿はなく、仁だけがベッドに寝そべっている。
「ふーん、そう。ここはね、興奮状態に陥った患者を一時的に保護する個室なんだよ」
無気質な部屋を見渡し、仁は言った。
「そんなことは訊いてないわ。春名先生はどこか、って――」
「聞いておいた方がいいよ」
嘲笑すら含む言葉だった。
「――。どういうことよ?」
奈摘は訊いた。
「ここには危険なものは何もない。患者が壊して怪我をするような鏡やガラス、陶器の類いはもちろん、飛び降り防止と安全のために、窓すら……。つまり、抵抗する人間を押さえ付けるには、一番都合のいい部屋なんだよ」
仁は微笑を灯して、ベッドを、降りた。
思わず後ずさるほどの雰囲気が、そこには、あった。
奈摘も、一歩、退いていた。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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