可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

文字の大きさ
上 下
45 / 350
Karte.2 超心理学の可不可-硝子

超心理学の可不可-硝子 18

しおりを挟む


 そんな疑問を抱えながら、仁はバスルームへと足を入れた。
 濡れた服を脱ぎ捨てて、ガラスの向こうの床を踏む。
 赤く染まった足が、目についた。コーヒーを被ったその足は、思ったよりも赤くなっている。
 仁は、冷たいシャワーで、足を冷やした。
 優しいマーブルで統一された広いバスルームは、考え事をするのには、ちょうど良い空間であったかも、知れない。
 次第に遠のいて行く痛みの中、仁は、じっとそうして考えていた。
 だが、奈摘が故意にカップを割った証拠など、一つもない。小石か何かを投げ付けて割ったのだとしても、それが仁の目に止まらないはずはない。――いや、コーヒーを入れるためにうつむいていたのだから、絶対、とは言い切れないが、少なくとも、奈摘が何かを投げ付けるところは、見てはいなかった。
『春名先生を取らないで……』
 演技性人格障害――。春名には子供のように甘え、他の人間にはあからさまな敵意を示し――。そうかと思うと、さっきのように、弱々しいところを見せたりもする。
『春名先生と、ずっと一緒にいたいの……』
 恐らく、それは本心なのだろう。そして、彼女はこれからも、ずっと春名に付きまとう積もりなのだろう。死んだ父親の代わりに。
「死んだ、か……」
 そう呟き、仁は少し冷たく瞳を細めた。
 死んだものを追いかけなくても、彼女には新しい父親がいるというのに。
 仁には、もう誰も……。
 随分、長い時間、そうしていた。
 仁は顔のガーゼも剥ぎ取って、頭からシャワーを浴び始めた。そのせいで、ガラスの向こうに人影が立ったことにも、気づいていなかったのだ。
 不意にバスルームのドアが開き、仁は、その気配にハッとした。
 ガラス戸の方を振り返ると、そこには奈摘が立っていた。シャワーを浴びる仁の裸体を見ても平気な顔で、視線も逸らさずそこにいる。
「ちょっと、君――っ」
 仁が戸惑いながら、言葉を放つと、
「火傷が心配で見に来たの」
 平然たる口調で、奈摘は言った。
「見に来たって……。ここはバスルームで、ぼくは――。ともかく出て行ってくれないか」
 仁は、常識はずれの言葉に唖然としながら、きつい口調で言葉を返した。
 普通、十代の女の子が、同じ年頃の男の子がシャワーを浴びているところに、平気で踏み込んでは来ないだろう。――いや、まさか裸になって頭からシャワーを浴びているとは思わず、足を冷やしているだけだと思ったのかも知れないが――。それでも、ガラス戸を開けて、裸の異性がそこにいれば、慌てて戸を閉めるのが普通の反応ではないだろうか。
「本当はね、確かめに来たの」
 奈摘は言った。
「え?」
 すぐに理解出来る言葉では、なかった。突然そんなことを言われても――。たとえ、頭のいい仁であっても、理解不能だ。
 言葉を続けたのは、奈摘だった。
「だって、あなた、わりと可愛い顔だし、先生と一緒に暮らして、料理や身の回りのことまでしてるみたいだから、本当は男の子の振りをしているだけで、女の子なんじゃないかと思って」
 と、仁の裸体をじっと見つめる。
 仁にとっては心外な言葉である。それに、奈摘の態度は、正常とは思えないほどに神経が太い。
「そんな訳ないだろっ。早く出て行けよ」
 仁は奈摘の言葉を睨みつけた。が、奈摘は出て行こうとはせず、それどころか、勝ち誇ったような顔で、こう言った。
「ただの秘書だって判って安心したわ」
 と、唇の端を持ち上げる。
 さすがに仁も、ムッとした。
「君が出て行かないのなら、ぼくが出て行く。――退いてくれないか」
 と、ドアの前に立つ奈摘を、冷たく見据える。
 だが、奈摘は一歩も引かなかった。それだけではなく、得意げな顔さえして見せた。そして、
「どうして?」


しおりを挟む
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

寝させたい兄と夜更かしの妹(フリー台本)

ライト文芸
夜更かして朝おきられない妹に、心配でなんとか規則正しい生活をして欲しい兄だが…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...