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Karte.2 超心理学の可不可-硝子
超心理学の可不可-硝子 12
しおりを挟む「春名センセっ!」
愛らしい少女が、甘えるような声を出して、瞳を輝かせながら駆け寄って来た。あの少女、一ノ瀬奈摘である。
「森先生に話をしてくださったんですか?」
と、大きな瞳でのぞき込むように、春名を見上げる。
「ああ。今――」
「私、先生のところに行ってもいいでしょう?」
と、春名の腕を取って、にっこりと笑う。
「それはまだ……」
春名は、ぴったりとくっつく奈摘から、後ずさるように言葉を濁した。
父親に似ている、というだけでこう懐かれても困りものである。
「私、今朝、森先生に言いました」
奈摘は言った。
「聞いたよ。でも、君のご両親のこともあるし――」
「先生は迷惑なんですか……?」
「いや、そんなことは――」
「今から先生のところに行ってもいいですか?」
「今からって――」
「様子を見るだけです。ねっ? いいでしょう?」
何とかしてくれ、と、春名は、すり寄って来る仔犬の姿に困り果てながら、仁の方へと視線を向けた。――が、仁は、プイ、とそっぽを向いている。
また不機嫌になっているらしい。
――ったく……。
溜め息くらいしか、零しようがない。
「いいでしょう、先生?」
奈摘が春名を見上げて、繰り返す。
「今は、彼と少し話があるから……その後でなら」
春名は、妥協案を持ち出した。が、その言葉のせいで、奈摘の矛先が仁へと向いてしまった。
「その子、先生の秘書なんでしょう? 昨日、怒って帰ったことの話ですか?」
と、仁に一瞥を送りつける。
言葉自体には屈託がないのだが――所謂、無邪気を装った無神経、というやつである――、その言葉に仁がムッとしたことは、言うまでもない。それどころか、春名の顔を睨みつけている。
――俺を睨むなよ……。
春名は相性の悪い二人に挟まれて、心の中で溜め息をついた。そして、
「君――奈摘くん。彼は君よりも年上だよ。『その子』はないだろう?」
と、顔を顰める。
「ごめんなさァい。だって、今日も先生と一緒にいるから、先生を取られたような気がしたんですもの」
奈摘は、シュン、とうつむいた。
「取られたって……。彼はそれが仕事で。ぼくも彼がいないと困る訳だし――」
「だって、パパはいつだって奈摘と一緒にいてくれたわっ。奈摘が大きくなったら、パパのお嫁さんになってくれ、って」
「――。そ、そう。お嫁さん……ね」
春名は顔をひきつらせながら、曖昧に笑った。その父親に抗議をしたい気分である。
「私ね、先生とぶつかった時に思ったの」
そう言って、奈摘は視線を持ち上げた。
「――。思った、って何を?」
聞くのが怖い思いで、春名は訊いた。出来れば、問い返したくはなかったが、医者として患者に接する立場もある。
「ボーイ・ミーツ・ザ・ガール、ってあるでしょう? 男と女の出逢い。見も知らぬ男と女が劇的に出逢って、運命に導かれるの」
「あ、ああ……」
――運命だと?
心の声は目を剥いていたが、それを表に出すことは、この場では、出来ない。
『A boy meet the girl』に、劇的な出逢い――そんな少女の夢に付き合うのは、何とも恐ろしい。
「私、そういうのに憧れていたの。だから、先生と廊下でぶつかった時、そう思ったの」
勝手に思われても、困りものである。
「そ、そう……。でも、そういう出逢いは先のために取っておきなさい。君はこれからそういう出逢いをして、恋をして大人になる訳だから――」
「私、恋なんかしないわっ。パパだけでいいもの。――先生なら解ってくれるでしょう? 死んだから忘れるなんて、パパが可哀想……。でも、パパとはもう話が出来ないから寂しくて――。ママはパパの話をしたら怒るから――。だから、先生に逢えて嬉しかったの。パパが戻って来てくれたみたいで、とても……」
奈摘は、すがるような眼差しで、春名を見上げた。
パパの話をしたら、ママが怒る……。母親にしてみれば、早く彼女に新しい父親に馴染んでもらいたい、という思いがあるのだろう。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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