可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

Karte.２ 超心理学の可不可－硝子

超心理学の可不可－硝子 １１

　演技性人格障害――。周りの注目を浴びたい、と思っている人間は多い。特に、彼女のように見た目も可愛くて、当人もそれを認識しているとなれば。
　それに、父親の話を持ち出したのも、春名の気を引きたかっただけなのかも知れない。もちろん、本当に似ている、ということもあるだろうが……。
　部屋を出ると、仁がドアの傍らで待っていた。心配げな表情である。他の科の患者のことに口を出しに行ったのだから、それも当然のことだろう。
「どうだったんですか？」
　と、眉を落として、春名を見上げる。
「ああ、後で話すよ。――そのファイルは？」
　仁が手に持つ新しいファイルを見て、春名は訊いた。
「篠田さんとの対話を、ＩＣレコーダーからＰＣに移して、打ち出したんです」
　表紙を開き、仁は言った。
　中には、読み易くまとめられた症例が綴じてある。
「会社の女性に対する恋慕から、本格的な妄想状態に至った分裂病患者。大半の分裂病者が恋愛体験をきっかけに決定的な異常を見せるように、彼の場合も、その女性の名が最初から出ていますよね」
「ああ。――社会へ出て、慣れない会社組織の中で途方に暮れている時に、彼女を見つけたんだろう。自己を充分に確立出来ていない人間には、そういう恋愛感情すら危険だ」
　春名は、文字を追いながら足を進めた。
　今更見るまでもないまとめ症例だが、仁が見せるからには、春名の何らかの反応が見たかったのだろう。
　黙って隣を歩いている。
「で、俺にわざわざこれを見せた理由は？」
「……。すみません」
　仁は視線を逸らして、うつむいた。
「構わないさ。相変わらず、誤字脱字のない完璧な整理だ。助かるよ」
　ファイルを閉じ、
「まだ先の話だが、夏期休暇はどこへ行きたい？」
　春名は訊いた。
「旅行、ですか？」
「ああ。今からでないと間に合わないだろう？」
「もう遅いくらいですよ」
　そう言いながらも、仁は、嬉しそうに頬を緩めた。
「仕方がないさ。休暇が取れるだけまだいい」
　日本は、バカンスの習慣に乏しいお国柄なのだ。
「どこに行きますかっ？　日本人のいないところですか？」
　仁が、楽しそうに並んで春名を見上げる。
「クックッ。そんなところ、無人島以外にないだろう？」
「無人島でも、きっと日本企業の看板が立ってますよ。島自体がメード・イン・ジャパンかも知れませんからね」
「クックッ」
　春名は、仁の皮肉に、楽しく笑った。
「……笙子先生の休みは？」
　少し小さな声での問いかけだった。
「旅行に女を連れて行くのは、病院に家庭医ﾎｰﾑ･ﾄﾞｸﾀｰ同伴で行くのと同じだろ？」
「そんなこと言って――。笙子先生に怒られますよ」
「言い付ける、って？」
「……」
「旅行先は任せるよ」
　黙り込む仁に、春名は軽く笑みを見せた。
「どこでもいいんですかっ？　中国や東南アジアとか、地中海――エジプトやヨーロッパとか、北欧、ロシア、中東でも」
「ああ」
　言葉を返した時だった。