37 / 350
Karte.2 超心理学の可不可-硝子
超心理学の可不可-硝子 10
しおりを挟む「登校拒否症、ですか……」
神経科病棟の一室で、春名は森医師の言葉を繰り返した。昨日の少女、一ノ瀬奈摘の話である。
「中学三年の夏から登校拒否を始めて、両親とも余り口を利かず、話しかけても反抗的な態度を取るばかりで――。今年、高校入学だが、あの通り、入院生活だよ」
そう言って、森医師は肩を竦めるように、溜め息をついた。厳しい顔付きをした、五十過ぎの神経科医である。見た目だけでなく、事実、気難しいところを持っている。
「原因は家庭ですか?」
春名は訊いた。
「所謂、過保護だ」
「過保護? あの娘の話では、母親は見舞いにも来ず、放っておかれているような口ぶりでしたが」
「両親共に仕事を持っているからね」
「ええ。教師だと」
「珍しくない症例だよ。親が教育者たる家庭では、子供がああいう状況に追い込まれることがよくある。まあ、親のせいばかりだとは言わないが、そういう親の元で育った子供は、形式的なモラルを自分で遵守するだけでなく、回りからも押し付けられることになる。加えて、母親の再婚、という問題があったからね」
「新しい父親ですか」
「ああ。何とか娘に自分を理解してもらおうとしているようだが、あの娘の方があの調子だ。死んだ父親に甘やかされて育ったから、余計に新しい父親を受け入れない。そんな風だから、母親はついつい娘に厳しくなって、解け込めない父親をかばう。そんな娘に育てた覚えはない、とね」
「……」
「死んだ人間に勝てる者などいないよ」
森医師は、椅子に凭れて天を仰いだ。
「でしょうね」
一つうなずき、
「今朝の回診では何か?」
春名は訊いた。
「君の病棟に移りたい、と言われたよ」
コーヒーを一口含んで、森医師は言った。
「――。すみません」
「たまに会うだけなら、誰でもいい顔だけをしていられる」
「……」
「特に、あの娘は我がままで――。あの通り可愛い子だから、周りも皆チヤホヤしてくれる。自分を中心に世界が回っていると思い込んでも不思議ではない」
「ここでもそういう傾向が?」
「ないとは言えないね。病名も一応、登校拒否症としてはいるが、ここに入院してからの様子や、家族や当人からの話を合わせてみると『演技性人格障害』と呼んだ方がいいかも知れないと思っている」
演技性人格障害――。
確かに、渡り廊下で奈摘とぶつかった時のことや、シャツを返しに来た時のことを思い出してみれば、そんな病名も当てはまる。
「君も思い当たることがあるだろう?」
チラ、っと視線が持ち上がった。
「ええ。確かに……」
「彼女の行動は芝居がかっていて、すぐに怒ったり、甘えたり――。対人関係では自己中心的で視野が狭く、要求過剰だ。気に入らないことがあれば、すぐに『死んでやる』と言って人を脅したり、ね。まあ、ここではそれはないが、家にいた時は、そういう台詞もあったそうだ」
「ヒステリー……ですか」
「君も、神経学をかじっていたんだろう?」
「ええ」
「君が良ければ、彼女の希望を両親とも相談してみるが」
「いえ――。考えてみます」
春名は即決に首を振り、
「どうもお手間を取らせました」
と、腰を上げた。
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる