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Karte.2 超心理学の可不可-硝子
超心理学の可不可-硝子 9
しおりを挟む水音を聞きながら、仁はテーブルに置いた鞄を開け、中身をきちんと整理した。
春名が鞄の中を一度も引っ掻き回したことがない、というのは、その整理のお陰であっただろう。
それを終え、PCの方へと足を向け、打ちかけの症例に区切りをつける。
明日の支度が整った頃、春名がバスルームから姿を見せた。
仁は、習慣のように、冷蔵庫からミネラル・ウォーターを取り出して、
「あの娘、どうだったんですか?」
と、グラスに注ぎながら、訊いた。
「あの娘?」
春名は心当たりがないように、眉を寄せる。
「シャツをクリーニングに出してくれた『可愛い』女の子です」
可愛い、という言葉を強調しながら、グラスをグイっと春名に突き出す。
「――。あ、ああ。妙に懐かれて参ったよ」
溜め息のような言葉で、春名はグラスを受け取った。
「そんな風には見えませんでしたけど」
「懐かれてないって?」
「参ってるようには見えないと言ったんです」
「だから――っ」
言いかけ、春名は一旦言葉を切り――、
「笑うなよ」
と、前置きをした。
「?」
「こっちは、この年でパパ呼ばわりされたんだっ」
「へ?」
「パパっ。DADDY」
春名はしかめっ面で繰り返し、グラスの水を傾けた。
「DADDY? 春名先生が……?」
笑うな、というその前置きは、何の役にも立たなかった。
「クックッ――。アハハハ――っ!」
仁は目一杯に笑い転げ、
「……。笑うなと言っただろ」
春名はムッとした顔でグラスを置いた。
「クックッ――。いいじゃないですか、可愛い娘が出来て」
「いきなり懐かれても困る。――仁くんが面倒を見てやったらどうだ?」
「ぼくが……?」
仁は意味を解せず、首を傾げた。
「似合いのカップルだ」
ニヤリ、と皮肉。
「ぼくは子守りはごめんです」
「子守り? 二つ三つしか違わないだろう?」
「ムッ。あんな子供と一緒にしないでください」
不満を露に、仁は春名の言葉を睨みつけた。
「ふーん……」
「何が言いたいんですか?」
「クックッ。いや。大人の仁くんには言わなくても解るだろうから、敢えて何も」
「……。あれくらいで大人気なかったと思ってますよ」
むっつりとした顔で、仁は言った。
「でも、ぼくは院内で何かあって、先生に悪い噂が立ったらと思って――。そうでなくても先生は独身で、先生に熱を上げているナースは多いし、笙子先生も顔を見せてるし……」
「なるほど」
「それは、ぼくだって先生が院内でそんなことをするなんて思ってませんけど……。そういう噂は、女の人の間では何もなくてもあっと言う間に広がるから……」
「はい、気をつけます」
真剣味のないその言葉に、仁が一瞥を飛ばしたことは、言うまでもない。
「本当に気をつけるよ。三十過ぎて独身は気を遣う。パパ呼ばわりされて、随分、堪えた」
苦笑混じりの春名の言葉に、
「……結婚、するんですか?」
瞳を揺らして、仁は訊いた。
「ん? 何でそう話が飛ぶんだ?」
「……」
「しないよ」
春名は言った。
「ぼくは別に――っ」
「ああ。だが、結婚はしない」
「……」
「もう寝なさい。若い内は寝るものだ」
「先生も若いですよ」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい」
夜は、いつもと変わりないものであった……。
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