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Karte.2 超心理学の可不可-硝子
超心理学の可不可-硝子 8
しおりを挟むエレベーターの止まる音がしたのは、午前二時を回った時間のことだった。
仁は、PCのキーを打つ手を止め、デスクの前から腰を上げた。
いつものように玄関へと向かい、今日はついでに聞き耳も立てる。
別に賑やかな会話が聞こえて来る訳でもなく、
「おやすみなさい」
「ああ」
それだけの会話で、春名と笙子の声は終わった。
もちろん、同じマンションの向かいの部屋に住んでいるのだから、二人が一緒に帰って来ても不思議ではない。
遅くなる、とは聞いていたが、笙子と一緒、とまでは聞いていなかった仁は――とはいえ、春名が相手を言わない時は、大抵、そういう時である、と知ってもいるので、
「おかえりなさい、先生」
と、知らないフリのままで、春名の帰宅を出迎えた。
「ああ」
酒の匂いが、仄かに漂う。
もちろん、こんな時間に帰って来たのだから、アルコールが入っていても不思議ではない。
「鞄、持ちますよ」
黒い鞄に手を伸ばし、
「お風呂、入ってくださいね。酒臭いですから」
「ん、ああ。――匂うか?」
春名が、クン、と鼻を動かす。
「明日、患者さんの前には出られませんよ」
「そうか。レンくんがいてくれて助かる」
機嫌を窺うような言葉だった。
仁は、ピタリ、と足を止めた。
「ホテルでシャワーを浴びてから、わざわざお酒を飲むことはないでしょう」
と、冷ややかに言ってリビングに入る。
春名が言葉に詰まる様子が伝わって来た。が、言い訳もするらしい。
「別にそんなつもりで――」
「上着、貸してください」
鞄を置いて振り返る。
「あ、ああ」
「ズボンとネクタイも。――そのままお風呂に行ってくださいね」
「ああ……」
春名は諦めたように、ネクタイを外した。
今の彼に取っては、酒臭いことの言い訳よりも、この刺々しさを作り上げている原因を何とかすることの方が先なのだから。
「病院でのことは――」
「忘れてませんよ」
何とかする暇もない。
「別に怒ってもいませんけど」
仁は言った。
「どーだか」
「――何か言いましたか?」
「い、いや、別にっ」
「早くお風呂に入ってください。風邪ひきますよ」
スーツとネクタイを受け取り、仁は春名の部屋へと翻った。
クロゼットの中へとスーツを仕舞い、その代わりに、仕舞って置いた文句を取り出す。
「別にあんなことくらい……。ただ、知らない子に不用心にネームの入ったシャツを預けたりするから……。そういうのが犯罪に使われることだってあるのに」
と、ブツブツと口の中で愚痴りながら、少し乱暴にクロゼットを閉じる。
バスルームからはシャワーの水音が響いている。
いつまでも仁を子供扱いして、笙子と寝た後は必ず酒の匂いをさせて帰って来る。こんな時間まで飲んでいたにしては、全く酔っていないというのに――。そして、またシャワーを浴び直すのだ……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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