可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.1 自己愛の可不可-水鏡

自己愛の可不可-水鏡 19

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「ご両親はどこに? 帰国なさったと聞いたけど?」
 春名は訊いた。
 冬樹の表情が、今度は愉しげに変貌する。
「さあ。顔を見なくても、クス……。不思議とは思わない親だ」
「……」
「ドクター.春名、あなたは、ぼくたちにあの両親が必要だと思いますか?」
 どこか挑戦的な瞳だった。春名を見下しているような――春名が知らないことを知っているような、満足感にも似た――。
「何故? 君も珠樹くんも大人だ。一人で何でも出来る。両親を頼る年でもないだろう」
 どこかおかしい。それが何なのか、解らないことが歯痒いが。
「では、もうぼくたちに拘わらないでください。ぼくたちには、あなたも必要ない」
 親も、医者も――。互いの存在だけが唯一であると。
「何故、珠樹くんのことまで君が決める? 私は珠樹くんからそんな言葉は聞いていない」
「クックッ。あなたは何も解っていない、先生。ぼくの意思は弟の意思だ。――そうだろ、珠樹?」
 自信に満ちた表情だった。
 そして、その冬樹の自信の通り、珠樹は、コクリ、とうなずいた。
「……ぼくたちは一つなんです、先生。冬樹と一緒にいると……あの、一つだと思える……」
 と、頬を染めて、小さく言う。
 彼らには、生まれた時からの繋がりがあるのだ。
「……。君たちは別々の人間だ。考えることも、やることも違うだろう?」
 春名が言うと、間髪置かずに、これ以上はない否定的な言葉が飛んだ。
「NO! 同じだ」
 冬樹がテーブルを打って、席を立つ。
「先生。あなたはぼくたちが喋らずにいても見分けがつきますか?」
「――」
 ――喋らずにいても……。
「つかないでしょう? ――同じ髪形、同じ顔、同じ体、同じ服……。誰一人として見分けがつく人間はいない。判るのはぼくたちだけだ」
「だから、同じ人間だと?」
 自惚れるような冬樹の言葉に、春名は冷ややかな口調で問い返した。
「あなたにあれこれ話すつもりはありません。――珠樹、もう追い返せ」
「冬樹っ!」
「二度と家へ入れるな」
 と、奥の部屋へと翻る。
「……。すみません、先生。いつもはあんな風じゃないんです。母が、ぼくを勝手に病院へ入れたりしたから神経質になっていて」
 珠樹が申し訳なさそうに視線を伏せる。
「君が謝る必要はない。――彼のことは彼が謝る。君は、自分のことは自分で連絡をする。それが大人のすることだ」
「……」
「そんな顔をしなくてもいい。――だが、どっちが連絡をしても同じだ、と思っているのなら間違いだ。――言っている意味は解るだろう?」
 珠樹は、コクリと一つ、うなずいた。
 だが――。
「それでもきっと、先生には解らない……。冬樹もそう言ってた」
 と、再び深く視線を沈める。
 彼らには、お互いだけが『理解者』なのだ。
「……。1=1は不動の公式だ。君たち二人が一人であることはあり得ない」
「……」
「失礼するよ」


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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